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7-5 偽物の神様


「神様……どうかこの子の未来を見てください」


 目の前にいるのは、酷く弱っている同い年くらいの女の子とやつれた母親。

 その時の俺はどうして自分が神様と呼ばれているのか、理解をしていなかった。

 俺は、ただ眠って夢を見るだけ。

 その夢の中で、関わった人の未来を見る事ができた。所謂、予知夢というものだ。

 それが当たると評判になり、いつの間にか俺は「神様」に仕立て上げられていた。

 仕掛け人は俺の両親と兄。つまりは家族全員だ。

 良い商売になると思ったのだろう。

 そんな事を知らない俺は、ただ周りの人が喜んでくれて、幸せになってくれればそれで良いと思っていた。


 

 綺羅びやかな衣装を着せられて、奇妙な装飾が施された部屋の中で背の高い椅子に座っているだけで、皆は俺の前で頭を下げて願い事や悩み事を口々に並べ立てた。

 予知夢なんてものは、必ずしも良いものが見れるという訳ではないし、未来を変えられる訳でもない。

 それでも相談者は引っ切り無しに現れた。

 目の前にいる母娘もそうだ。

 娘が病気で余命3ヶ月と言われた、どうにか明るい未来を夢で見てほしいと、そんな無理難題を俺に投げかけてきたのだ。

 

「わかりました。病気、治るといいですね」


 無知で無邪気だった俺は、その親娘を助けたいと思った。

 その日、俺はその女の子が早く良くなりますようにと願いながら眠りについた。

 見た夢は、少し大きくなったその子が元気に走り回る姿。

 次の日、母娘にその事を伝えると母親は泣いて喜んだ。


 娘はそれから一年後に亡くなった。

 最後に見たときより、少しだけ大きくなった、夢で見たときと同じ姿で。 

 


 俺が12歳になる頃には、300人ほどの信者ができていた。

 町の殆どの人が俺の信者で、それに味を占めた親は信者から捧げ物……という名のお金を巻き上げていた。

 そして、いつの間にか俺のせいで不幸になる人も増えていた。

 そのことに、俺はまだ気付かなかった。


 夢を見るには限度がある。

 眠れない夜は親が睡眠導入剤を用意して、無理矢理にでも俺を寝かしつけた。

 それが当然だと思っていた。

 色んな人の夢を見て、起きたら忘れる前に全て書き留める。

 そんな毎日をずっと送っていたある日、俺はとんでもない夢を見てしまったんだ。 


 それは、首都圏に大きな地震が起きるという恐ろしい夢だった。

 怖くなった俺は、それをすぐに両親に話すとみるみるうちに大事になっていった。

 夢は的中。一ヶ月後に大きな地震が起きたが俺の予知夢で被害は最小に抑えられたという。

 このとき、一時的に俺は時の人となった。

 

「弥一のおかげで皆が幸せになれるね」


 そんなことを母親に言われて、俺は嬉しくて英雄になったような感覚に包まれた。

 一種の優越感のような、不思議な高揚。

 俺はそこから、もっと沢山の人を救いたいと思い始めたんだ。

 まるで、テレビの中のヒーローのように。

 そんな俺の気持ちとは裏腹に、親は俺を祀り上げ、多くの金を巻き上げていた。

 俺がそれを知ったのは、15歳の夏。

 クーラーの効いた、懺悔室と言う名の異様な空間で信者が「もう捧げ物ができない」と言った事が切っ掛けだった。

 

「最近会社をリストラされまして、もう家族を養うこともできません……ですが、捧げ物の金額も上がるばかりで……。どうか、幹部の皆さまと同じようにここで住み込みで働かせてはもらえないでしょうか?」

「どういうことですか?……捧げ物って……住み込みってなんですか?俺はそんなもの要求してません」

 

 俺の言葉を聞いて、彼は顔を青くした。


「知らないのですか!?あの、でも!捧げ物をしなければ、天罰がくだると……!」

「俺は天罰なんて下したことはありません。どういうことなんですか?お願いです、教えて下さい」


 信者は震えながらも、少しずつ話し始めた。

 入会金のこと、夢を見てもらったらどんな内容であっても捧げ物とは別に金を渡さなければいけないこと、捧げ物という名の金を毎月支払っていること、それによって不幸になっている者がいるということ。

 それから「幹部」と呼ばれる人達が、俺の家や施設で住み込みで働いて、周りを取り締まっているということ。


「最近では、弥一様の名を騙って商売をしている者がいる、という話も聞いております。……それが、幹部の一部だとか」


 俺は怒りに震えた。

 沢山の人を救っているつもりが、同時に沢山の人を不幸にしていたのだ。

 そんな自分の不甲斐なさと、本気で慕ってくれている人達を食い物にしている奴らが許せなかった。


「話してくれてありがとうございます。捧げ物なんてしなくていいんですよ。正直者のあなたとあなたの家族はきっとこれからも幸せになれます。とにかく、この町を出ることが鍵になります」

「本当ですか!?ありがとうございます!!」


 喜ぶ信者の顔を、俺は見ることができなかった。


 その日、俺は抗議した。

 金を取るなんて間違っている、こんな事を続けていれば、いつか取り返しのつかない事になると。

 すると彼等は言った。


「本当に信仰してるなら、お金なんてどうだってできるだろう?これは彼らの信仰心を試しているんだよ」

「そうよ、それにお金がなきゃ何もできないじゃない」

「弥一、幹部の人達は特に信仰が強いし、よく尽くしてくれるんだ。悪く言うなよ」


 両親と兄は俺を非難した。

 もう、取り返しがつかないんだと、俺は察した。


「これからも、みんなの幸せの為に頑張って」


 誰が言ったのか覚えてはいないけれど、それは呪いの言葉のように聞こえた。  


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