6-12 二つ目の願い事
掌に溜めた炎が、大きな火柱となって竜巻へ放たれた。炎に包まれた竜巻はそのまま霧散する。
「えっ!?」
雨宮が驚愕の声を上げる。
それもそうだ。ただの人間が、神の力を使う天女の力を撃ち破ったのだ。驚く他ないだろう。
続けて弥一は両手を突き出し、更に大きな炎を創り出す。
先程よりも増した火力が、弥一の顔を赤く照らして髪を靡かせた。
人とは思えないその表情に雨宮は一瞬たじろぎ、天音を見やる。
「こんなの聞いてない……!天音!あんた、こいつに何したのよ!?」
叫ぶ雨宮に、天音は弥一の後ろでいつもの狡猾な笑みを向けた。
「力が欲しいと言われたから私の力をわけてやっただけだ。ここまで使いこなすとは思わなかったがなぁ」
そんなやり取りをしている間にも、弥一の両手で創り出されている炎の塊はどんどん大きくなっていく。
対抗するように雨宮は水の矢を放つが、天音が小さな炎を放ち、矢を蒸発させた。
「天音!」
弥一に呼ばれて天音が手を添えれば、炎は更に燃え盛った。
炎の塊を氷山へ向けて投げる。それは氷山ごと雨宮を呑み込むと、爆風が起こり船を囲んでいた水の壁が一気に蒸発した。
同時にオーロラが消え、雨風が止み、気温が徐々に上がっていく。
どうやら、水の壁が無くなった事によってあの異常な空間から解放されたらしい。
巨大な氷山は跡形も無く消えている。
悲鳴すら上げる暇なく炎に呑まれた雨宮は恐らく無事ではないだろう。
弥一がよろめき、片膝をつく。
使った力が壮大過ぎて耐えられなくなったのだ。
「はあ、……あはは……流石にキツイな」
「当たり前だ。いくら願い事とはいえ、ただの人間には過ぎた力だ。本来なら立っている事すら出来ないはずだ」
弥一の言った「願い事」。それは不眠を治す事ではなく「神をも倒せる力」だった。
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それはこの船に乗る前日のことだ。
「嫌な予感がするんだ」
夕食を終えたあと、弥一がそう言った。
天音の仕業で宿泊券が当たったと思っていたのだが、何か別の力が働いていたとしたら。
他の人達を巻き込まない為にも、それに対抗する力をつけなくてはならない。
しかしそんな願いが簡単に叶う訳も無く、条件と注意点を出された。
条件は能力を「与える」のではなく天音の能力を「借りる」という形で使うこと。
注意点は身体に凄まじい負荷がかかるので、あまり使わないということ。
それを了承して弥一は力を手に入れ、雨宮の攻撃から船を守る事が出来た。
「お前の予感は的中だったな。どうしてわかった?」
「……感だよ。ところで、雨宮さんはどうしてお前の事恨んでるんだ?」
「知るか」
疲弊して座り込む弥一を尻目に、天音が船縁に手を掛けて海を見下げる。
雨宮の姿を探しているのか、二、三度首を振って見渡した後、再び弥一へ振り返った。
「沈んだか。呆気なかったな」
そう呟いた瞬間、天音の肩が思い切り後ろへ引かれた。
視界がぐるりと回転する。落ちる間際に見えたのは慌てて駆け寄る弥一と、勝ち誇ったように笑う雨宮の姿だった。
抵抗する間も無く、天音の身体はあっという間に海面へ落ちていく。
「天音!!!」
弥一が叫ぶ。しかし、その声が届く前に天音は海へ沈んだ。