1-5 暖かい部屋
木造アパートの短い階段を昇り、部屋の鍵を開けて中に入る。
五畳程の部屋の隅に一旦女を寝かせ、電気ストーブの電源を入れて、押し入れから布団を出した。
このまま布団の中に女を入れれば、きっと身体も温まって意識を取り戻すだろう。
しかし、ひとつ問題があった。
濡れた服を脱がさなければいけない。
この状態で布団に入れても身体は温まらない。しかし、女性の服を無断で脱がすのは抵抗がある。
少し悩んだが、結局脱がす事にした。
別に何かしようとしている訳ではないし、致し方ない事だ。
横たわっている女に背を向け、タンスの中から大きめのニットセーターを取り出す。
体格差があるから、これなら膝上辺りまで隠れるだろう。
そう思いながら振り返ると、女の姿は消えていた。
「あれ……、ぅぐっ!?」
探す間もなく、下から胸倉を勢い良く掴まれる。
掴んできたのは、先程まで力無く倒れていた筈の女だった。
「な、なにをっ」
「お前、一体何者だ。どうして私が見える?まさか、奴らの手先じゃないだろうなぁ」
猛禽にも似た鋭い眼光が睨みあげてくる。
先程まで倒れていたとは思えないような力強さで胸倉を掴んではいるが、その手は微かに震えていた。
身体は衰弱しきっていて、おまけに寒いのだから当然だ。
この力強さもおそらくは精一杯振り絞ったものなのだろう。
瞳は鋭いが、よく見れば顔色も悪かった。
「何言ってるのか良くわからないけど、とりあえず着替えた方がいいよ。俺は別に何かするつもりはないからさ」
胸倉を掴んでいる手を解き、セーターを握らせる。
それからキッチンの方へ向かった。
「お前……」
「今何か温かい物用意するから、着替えたら布団に入りなよ」
棚から出した小鍋をコンロに置き、冷蔵庫から牛乳を取り出した。
今ほど後ろから襲われたばかりだが、弥一は大して気にしていないようだった。
警戒心の無さ過ぎる行動に、女は逆に警戒しつつ、渡されたセーターを握りしめる。
「おいお前、名前は?」
「白浜弥一」
女がまた黙り込む。
当たり前だが、知っている名前では無かったからだ。
牛乳のまろやかな香りが部屋を満たし始める。
電気ストーブが背中を温めている事に気付いて、女は濡れている服が煩わしくなっていた。
弥一はまだ無防備に背中を向けている。
だからなのか、女はようやく警戒を解いて、握らされたセーターを羽織った。
(殺すのは後にしてやるか)
警戒は解いたが、考えている事は物騒であった。