6-11 深夜の異変
先に異変に気付いたのは、天音だった。
急に起き上がり、ようやく眠りに落ちた弥一の胸倉を掴んで強引に起こしたのだ。
「起きろ。外の様子が変だ」
言われてすぐに弥一が起き上がる。
天音が指さしている窓を見て愕然とした。
空にはオーロラが靡き、海が高くうねり波しぶきを上げている。
船が揺れて軋む中で船内放送が流れた。
それは異常事態であることと、外に出ないようにという注意勧告だった。
混乱している様子が、放送からでも伝わってくる。
当たり前だ。季節は夏だというのにオーロラが現れ、窓には霜が降り始めているのだから。
極めつけは……
「見ろ弥一。氷山だ」
曇る窓を擦ってみれば、窓の外には巨大な氷山が浮かんでいた。
その数は一つや二つではない。
「どうしてこんな事に……」
困惑する弥一の横で天音は小さく鼻で笑った。
「いずるが言っていた奴等の仕業だろう。私達ごと船を沈めるつもりなのかもな」
「船を?じゃあ、乗ってる人たちは……」
「巻き添えだなぁ」
弥一の顔が青くなる。
ベッドを飛び降り、持ってきた服を重ね着して、上から唯一の長袖であるスーツのジャケットを羽織った。
「どうするつもりだ」
「決まってるだろ。こんな事をしてる奴を探して……」
「探してどうする」
「……説得する」
「説得に応じるとは思えないがなぁ」
天音が呆れたようにため息をつく。
「そんな事より船が沈む前に早く逃げた方がいいんじゃないか? 」
「逃げるわけないだろ!!ほら行くぞ!」
そう言って弥一は部屋を出て行ってしまう。
天音はその背中を見つめながら再び大きなため息をついた。
「全く世話がかかる」
そして天音もまた、着替え始めた。
デッキに出れば、船の周りには巨大な水の壁が出来ていた。
更には海から立ち登る水が渦を巻き、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
それで船を壊すつもりなのだろう。
「どうやら説得する暇は無さそうだなぁ」
渦を見上げる弥一の横で天音が白い息を吐く。
「ああ、あまり乱暴な事はしたくなかったんだけど……仕方ないな。力、貸してくれる?」
「ふん。最初からこうすればいいんだよ」
そう言って、天音が大きく開いた掌を口元に添える。
ふう、と軽く息を吹きかければ手の周りを炎が包んだ。
そこへ弥一の手が触れる。
「練習通りにやれ、弥一」
「わかった」
天音の手を包んでいた炎が、弥一の手に移る。熱くはない。むしろ心地よい暖かさを感じた。
そのまま弥一がデッキを走り抜ける。船首に立ち、炎を纏った手を渦目掛けて大きく振り下ろす。
炎は水の渦を包み、凄まじい衝撃と共に渦が消滅した。
「やった!うまくいった!」
「初めてにしては上出来だ。夜通し練習に付き合ってやった甲斐があったようだな」
「あの氷山もなんとかしないと……」
言ってから、ふと、氷山の上に人影を見つける。藍色の瞳をギラつかせた女……それは雨宮だった。
気温がマイナスになっている極寒の中で、ノースリーブのカクテルドレスを翻して少しも寒くなさそうに澄ました顔をしている。
天音やいずるが言っていた通り、寒さを感じていないのだろう。
「弥一くん、最後のチャンス。その女を消して私と組まない?」
「ことわ……「誰だお前」
弥一の返答に天音が言葉を被せる。
天音の台詞に雨宮が顔を顰めた。
「あんたと同じ天女よ。忘れたの?」
「忘れるも何も、見たこともない。誰に命令されて来た」
「……言うわけないでしょ!!」
そう言い終わると、雨宮は大きく腕を広げた。
同時にびゅう、と雨風が吹き荒れる。
波がしぶき、船が揺れて足元がふらついた。
「早く死んで!!」
叫び声と共に、雨宮は手を振り下ろす。
すると、巨大な竜巻が発生し、こちらへ向かってくる。
船の揺れが一層激しくなり、立っていられなくなった弥一が膝を付く。
そのままズルズルと船縁まで追いやられてしまった。
轟々と唸る風の音に混じって、雨宮の高笑いが聞こえる。
早く竜巻を消さなければ、船が木端微塵になってしまう。
縁を握り締めている手を解き、弥一は再び掌に炎を溜めた。
ふらつく身体を天音が片手を差し出して支える。
長くは持たない。
だから、一瞬で決める。