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6-10 あなたに見惚れて


 部屋に戻ると、天音がやや驚いたように目を丸めた。

 ドレスを脱ぎ、カラーコンタクトを外し、化粧も落としてベッドへ入った所だったようだ。

 薄いキャミソールと短いホットパンツ姿は見慣れた筈なのに、何故か視線を奪われてしまう。

 それから目を逸らして、弥一はスーツを脱いだ。


「早い帰りだな。女を口説くのに失敗したのか?」

「何言ってるんだよ。最初から口説くつもりなんて無い」


 軽くシャワーを浴びてから、弥一も自分のベッドに座る。

 先程の話をするべきだろうか。

 そう思って天音を見やると、赤い瞳と目が合う。何かを言いたげなその瞳に、弥一は首を傾げた。


「どうした?」

「……腹が減った、かもしれない」

「……あんなに食べたのに?」

「多分そういう意味じゃない」


 そう言ったあと天音が弥一の隣に座り、胸倉を掴む。咄嵯の事に対応できずにいると、そのまま押し倒されるような体勢になった。

 眼前には金色の髪が広がっている。まるで金糸のような美しいそれが頬に当たってこそばゆい。

 キャミソールの紐が肩からずれ落ち、大きな胸が溢れんばかりに主張している。

 鼻腔いっぱいに広がる天音の匂いとその近さに頭がくらりとすると同時に混乱していた思考回路が急速に冷静さを取り戻そうとしていた。

 この距離はまずいと本能的に思ったのだ。

 しかし、美しい赤色の瞳に吸い寄せられてしまう。

 それからすぐに、唇に柔らかいものが触れた。

 それはほんの数秒の出来事であったが随分と長い時間のように感じられた。

 やがてゆっくりと離れていった天音が薄く笑う。どこか艶やかな笑みだと思った直後声が上がった。


「やっぱりこれが足りなかったんだ。もっと寄越せ」


 反論する前に天音の唇が再び重なる。

深く、甘いそれを黙って受け入れてしまった事に弥一は驚いていたが、天音は離れる気配がない。

 いつの間にか舌先が触れ合い、ずっと深く絡まる。

 このままではいけないと思いつつも離れる事ができなかったのは、脳髄から痺れてしまいそうな、快美な刺激を感じる事に夢中になっていたからかもしれない。

 理性的でいなければいけない。

 頭でそう思ってはいるが、身体が全く言う事を聞かない。恐らくアルコールのせいだろう。

 ようやく満足してくれたらしい天音が最後にちゅっと可愛らしく音をたててから顔を離す。

 その顔が微かに上気していることに、弥一はようやく気付いた。

 

「天音……酔ってるだろ」

「さあなぁ。さて、満足できたし寝る」


 はぐらかしてから、天音が立ち上がり己のベッドに戻る。

 もぞもぞと布団に潜り込むのを見届けてから、弥一は顔を覆った。


(何やってるんだ、俺は)


 正気に戻った途端、押し寄せてきた強い後悔の念に弥一は深いため息をついた。

 天音にとっては、ただ力を満たす為だけの行為なのに、ほんの少しだけ自分の中で理性が崩れそうになってしまった事に酷い嫌悪感を覚えたのだ。

 そんな嫌悪から目を背けたくて、これは一時だけの感情なのだと思うことにした。

 これ以上、深く嵌らないために。

 天音はただの同居人で、恋人でもなんでもない。ましてや、人間ではない。

 一度離れれば、一生手の届かない天上人に、これ以上深入りしてはいけないのだ。

 

「おやすみ」


 覆った手の隙間から声を出す。 

 ややあってから天音が「ああ」とだけ返してサイドランプを消した。

 ベッド脇のボタンで、弥一も電気を消す。

 真っ暗になった部屋でぎゅっと目を瞑った。

 今夜は眠ることができるだろうか。

 窓を叩く雨音に耳を澄まし、畝る波を感じながら弥一は布団を被った。

 


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