6-8 マティーニ
サンドイッチとケーキを綺麗に平らげたあと、天音は満足そうに笑ってみせた。
ほんの少しだけ、顔が赤くなっているが酔いが回っている様子はない。
「中々美味かった」
空になった細長いグラスを指でなぞる。
どうやら気に入ってくれたらしい。
「じゃあもう一杯飲んだら部屋に戻ろうか」
最後は甘い物を飲もう。
そう思って、天音にはファジーネーブルを注文した。
弥一も甘いカクテルをおまかせで頼む。
出てきたのはカカオリキュールのカクテルだ。
生クリームと二層になっていて、上にはチェリーが乗っている。
一口含めば、カカオの甘い香りとクリームのまろやかさが口の中を包み、最後にアルコールが鼻を抜けた。
デザートのような見た目だが、アルコール度数の高いカクテルのようだ。
それを静かにゆっくりと味わう。
本来ならば楽しい会話の一つでもするべきなのかもしれないが、沈黙もまた心地良いのだ。
だが、そんな沈黙は第三者によって破られた。
「白浜さん?」
名前を呼ぶその声は、昼に甲板で会った雨宮という女だった。
「ああ、雨宮さん。こんばんは」
雨宮がにっこりと笑う。
青色のカクテルドレスを翻して弥一の隣に座ると、頬杖を付いて顔を覗き込んだ。
「へぇ、お酒飲んでるんだ。私は……シャンディガフを貰おうかしら」
そう言ってバーテンダーに注文する。それから再び弥一を見やるとその先にいる天音に気付いた。
「あれ、彼女さんと一緒?邪魔しちゃったかな」
天音が冷ややかな視線を向けた後、弥一が口を開くよりも早く立ち上がった。
「彼女じゃない。好きにしろ」
「待てよ天音。俺も……」
言いかけた所で弥一の腕を雨宮が掴んだ。
「大事な話があるの。だからもう一杯どう?」
横をすり抜ける天音が、すれ違いざま弥一に笑いかける。
それから、耳元で囁いた。
「部屋に戻ってる。いい機会だから恋人の一人でも作ったらどうだ」
それを聞いて、心が妙にざわついた。
そんなつもりは無い、と言いたい所だが天音は足早に去って行く。
すぐに追いかけたい。が、掴まれている腕を振り解く程、非道にはなれない。
少し話を聞いたら部屋に戻ろう。
そう思って、弥一は渋々その場に座った。
「話ってなんですか?」
「ま、ゆっくり話しましょう。マスター、この人にウォッカマティーニを」
随分強いカクテルを頼まれてしまった。
雨宮がまた頬杖をついて、先程とは違う悪戯な笑みを浮かべる。
「これくらい飲めるでしょ?お酒、強そうだもん」
「まあ、程々にはね」
出てきた物を一口含む。
レモンピールの爽やかさで誤魔化されてはいるが、先程とは比べ物にならない程のアルコールが喉を焼くように通り過ぎて行く。
「君と俺は殆ど初対面だよね。そんな奴に大事な話って、一体どういう内容なの?」
「随分急かすのね。そうねぇ、弥一君にとってすごく良い話だと思うの」
雨宮の瞳が煌々と輝いている。
「良い話?」
「そう。あの性悪天女、邪魔じゃない?」
耳を疑った。
だが、この女は確かに「天女」と口にした。
その驚きを察した雨宮が楽しそうに笑う。
「あはは。あいつ、我儘でしょ?天界にいた時からそうだったの」
「君は一体……」
「私もあいつと同じ天女よ」