6-1 アイス
明日の最高気温は35℃、という文字列をニュースサイトで見て目を疑ったのは、昨日の夜である。
まだ7月に入ったばかりだというのに、もうそんなに気温が上がるのかと、半信半疑であった。
しかし太陽が高くなった昼には予報通りの猛暑に襲われ、天音がぐったりと部屋の隅で項垂れて、扇風機に当たりながらソーダ味のアイスを二本程平らげていた。
「おい弥一ぃ……なんで下界はこんなに暑いんだ……」
「今日が異常なんだよ。そうだ、海でも行く?」
「海?……海は嫌いだ」
そう言って、天音は扇風機に向き直った。
絹糸のような美しい金髪を、温い風がふわふわと持ち上げる。
暑さのせいで熱を帯びた瞳を伏せ、靡く髪を指に絡ませる姿は何処か絵画のようだと思った。
つい、うっとりとその横顔を見つめてしまう。しかしすぐに頭を振った。
この女は口を開けば高慢で狡賢い、天女とは程遠い女なのだ。見惚れるなんて、どうかしている。
そう思い直して、弥一もアイスを取りに冷蔵庫へ向かった。
冷凍室の引き出しを開ける。が、三日前に買ったばかりのアイスが見当たらない。
八本入りの安い氷菓を二箱も買ってきたのに、一本も無いのだ。
「アイスならさっきので最後だ」
狼狽えている弥一の後ろに、いつの間にか天音が立っていた。
「16本もあったのに……一日五本も食べたのか!?」
「……お前も二本食べた」
「俺が食べたのは買ってきた日とその次の日だけ!!そんなに食べるとお腹壊すぞ!」
「この部屋が暑いのが悪い。金が欲しいと願え。そうすれば涼しい所に引っ越せる」
「それはお前の願い事だろ!」
「無償で願い事叶えてやってんだ。感謝しろ」
ぐっと唇を噛み締めて閉口する。
この顔に見惚れたのが悔しいぐらい、憎たらしく見えた。
「だけど、アイスもその扇風機も俺が買った物なんだから、寧ろお前が感謝するべきなんじゃないの?」
うっ、と天音が喉を鳴らす。
赤い瞳で睨みつけているが、少しも怖くは無かった。
「俺が幸せにならないとお前は帰れないんだし、もうちょっと弁えてもいいと思うんだけど?」
「……感謝はしてやる。だが人間如きに弁えるつもりはない」
これで一応折れたつもりなのだ。
感謝できるようになったのだから、初めの頃に比べたら大分良くなった。
神様に仕えている癖に人間が嫌いなのは、何か理由があるのだろう。
そう思うことにして、今日はここで終わりにするか、と軽く溜息をついた。
「買い物行くけど一緒に来る?」
「行く」
ぬるい風が通り抜ける5畳の空間よりも、涼しい空気が行き渡っているスーパーの方が快適である。
無くなってしまったアイスの調達と夕飯の買い出しを名目に、二人は涼を求めて部屋を出た。