5-5 お礼
「お口に合ったみたいで良かったです」
「とても美味しかったよ。これは私からの礼だ」
そう言って、懐から小瓶を取り出して弥一の前に置いた。
中には小さな赤いカプセルがいくつか入っている。
「なんですか?」
「私が作ったビタミン剤だ。一回一錠、眠る前に飲みたまえ。きみ、少し顔色が悪いぞ」
「本当にビタミン剤なんですか、これ」
アヤシイ。
とは思ったが、お礼だと言って渡された物を無下にする事はできない。
「心配するなよ白浜弥一。これ、疲れが取れるって好評なんだぜ」
「そうとも。本来ならば一瓶十万円で販売しているのだが、今回は特別だ。私の才能を身を以て実感すると良い」
早口で新堂が捲し立てる。
仕方無くそれを受け取り、薬箱の中に仕舞うと満足そうに新堂とドッペルが頷いた。
それから立ち上がり玄関の方へ向かう。
もう帰るのだろう。
「白浜君。また、来ても良いだろうか」
背中を向けたまま、新堂が問う。
それは今までの高圧的な発声ではなく、弥一の態度を伺うような、ほんの少しだけ控え目な声だった。
「はい。高価な物も頂いてしまったし、新堂さんが元気になれるなら、いつでも来てください」
その言葉に今まで無言を貫いていた天音が口を開く。
「おい弥一。そんな事言ったら毎日来るぞ」
「あのさぁ……天女様は俺たちのこと何だと思ってんの?たかりじゃないんだからさ、毎日なんて来る訳無いじゃん」
「……また機会があればご馳走してくれ。行くぞ、ドッペル」
理由を付けて毎日来てやろうと思っていたなどと、口が裂けても言えない。
新堂は胸の内にそれをしまい、部屋を出た。
外の空気はじっとりと湿気を含んでいる。
雨こそ降ってはいないが、重い雲が空を覆って月を隠していた。
「おい、待て」
アパートの階段を降りきった所で、天音が追いかけて来た。
「何かね、天女様」
「その呼び方やめろ。それより、お前ら薬の勧め方が露骨すぎるんだよ」
「しかし条件は果たした。良く眠れて、副作用も少ない良い薬だ。私が作ったのだから効き目は保証する」
それに、と新堂が言葉を続ける。
「薬を飲むか飲まないかは本人の自由だが、何か眠りたくない別の理由があるんじゃないのかね」
天音が苦い顔をする。
それがわからないから、困っているのだ。
しかし相談をする程、この二人を信用していない。
「じゃあな、天女様。また来るぜ」
ドッペルゲンガーがひらりと手を振る。
二人の背中を睨み付け、天音は部屋に戻った。
「イイヤツだったなぁ、白浜弥一」
ドッペルゲンガーが呟く。
その手には、弥一が持たせてくれた袋が握られていた。
中身は夜食か朝食に、と作ってくれたおにぎりだ。
「そうだな。……しかし」
「なんだよ、また屁理屈か?」
「違う」
新堂がアパートを振り返る。
まだ電気が付いている弥一の部屋を眺めてから、再び歩き始めた。
「あの目は私と同じだ」
一見、明るいように思えた。
屈託もない、素直でお人好しの、真面目な表情と瞳。
だが、ちゃんと向き合って初めて、その奥にあるものを感じた。
それは同じ感覚を持っていたからこそ、わかったのだろう。
「何もかもを諦めているか、それとも否定しているのか。いずれにせよ、人との交流を拒む私と彼は似た者同士かもしれない」
「マスターと同じ……」
ドッペルゲンガーが声を落とす。
「あいつも灯油飲んでるってこと……!?」
「きみ、いい加減灯油から離れろ」