5-4 昔話
「あの頃の私は、多分幸せだったんだと思う」
新堂が語り出したのは、まだ不老不死ではなかった恐らく100年程前の話。
その時一緒に暮らしていたのは、料理上手の母親と優しい父親と賢い妹。
家族四人、なんの変哲もない家庭で新堂は育った。
その時までは、確か幸せだったのだ。
「白浜くん。私はね、天才なんだ」
「……そうなんですか」
リアクションに困る。
という目でドッペルゲンガーを見てみたが、彼は新堂の話を聞かずに食事を再開していた。
天音にも視線を流してみたが、彼女は遠くを見つめていた。
困惑する弥一には構わず、新堂が話を続ける。
これは長くなりそうだ。
「そう、天才なんだ。だから私は親元を離れた後、とある組織で秘密裏に不老不死の薬を作る事に成功した」
正確には成功したかわからなかった。
不老不死なんて、証明する方法がないからだ。
だが、この薬が出来上がった時点で新堂の興味は不老不死から逸れていた。
もう次の研究に興味が移っていたのだ。
だから破棄してしまおうと思った時、組織に薬と命を狙われた。
「私はそれを持って逃げ出した。変な所に捨てて拾われては大変だからな」
だが組織は新堂を簡単には逃さなかった。
隠れてもすぐに見つかり、遂には追い詰められた。
手元には恐らく不老不死になるであろう薬。
考えている暇などなかった。
兎に角死にたくないと、その時は思ったのだ。
「殺されて薬を奪われるくらいなら自分で飲んだ方が良いと、後先考えなかったのは天才にあるまじき行為だったと思うよ」
結果、新堂は自らの身体で薬が成功していたという事を証明することができた。
組織をそのまま抜け出し、今度は不老不死を治す薬の研究を始めたのだが、これが全くうまくいかない。
あらゆる方法で死に、実験を繰り返し、遂には悪魔にまで縋り付いたが、結果はいつも同じ。
そのうち親が死に、妹が死に、友人も死んで、新堂は人から離れた生活をするようになった。
昔を思い出さないようにするために。
「食事もその一つだ。母の料理を思い出せば辛くなる。だからまともな食事からあえて遠いものを選んだし、食べない事もあった」
そう言って新堂は副菜を一口含んだ。
ゆっくり味わいながら咀嚼した後、また口を開く。
「が、しかし……美味い物を食べると言うのは良い事だな。昔を思い出すのは辛い事だと思っていたが、思い出すことによって、幸せを少しでも感じる事ができる」
100年経った今でも鮮明に思い出す事ができた。
母の得意料理や家族旅行に行った事、妹と買物に行ったという些細な事まで。
そして何より、温かい手料理を食べる事で心の中まで温かくなるような気がしたのだ。
「こんな食事ができるのなら不老不死も案外悪くないのかもしれない」
大体語り終えた新堂は少し晴れたような、清々しい顔をしていた。
あんなに死にたがっていたのに、料理一つでここまで変わるものだろうか。
それとも、他人に身の上話をして満足したのか。
何れにせよ、新堂はそのまま料理を平らげると「ごちそうさま」と手を合わせた。