5-2 食事の誘い
アパートに帰ると、弥一がキッチンに立っていた。
玉ねぎを刻む手を止め、天音に振り向く。
その目の下には、濃いめの隈が出来上がっていた。
「おかえり。お金足りた?」
「ああ。帰りにドッペルゲンガーに会った」
「へえ、元気だった?この前ご馳走しそびれちゃったから、今度誘っておいてよ」
声には張りがある。体調不良ではない。
だから、ずっと気にしていなかった。
夜勤の仕事ばかりしているから、それで寝不足だと思っていたのだ。
「飯を食いに来たいと言っていた」
「そっか。そうだなぁ、今週は夜勤のバイト入れてるから、来週来てもらおうか」
「また夜勤に行くのか」
「ああ、でもちゃんと帰ってくるから心配するなよ」
またあんな事になったら困るからな。
そう言って弥一は笑ったが、天音が心配しているのはそこではない。
弥一は最近、殆ど眠っていない。
夜勤の仕事が増えた事に違和感を覚えたのが、それに気付くきっかけだった。
よくよく注意して見てみれば、夜に何度も起きるし、深い寝息が聞こえない。朝はぼうっとしていることが多い。
たまに何か薬を飲んでいるところも見かけた。
それはなんだと聞けば、サプリメントだと弥一は答えたが、それを飲んだ翌日はあまり良い顔をしていない。
恐らく副作用が辛いのだろう。
だから薬は滅多に飲まない。
「弥一。ドッペルを飯に誘うのは良いが、お前最近無理してるんじゃないのか」
「いや、いつもどおりだけど」
いつも通りと言えば、その通りだ。
今までは天音が弥一に興味が無かっただけで、不眠は慢性的なものかもしれない。
バイトの量が増えた訳でもない、言動がおかしい訳でもない。
ただ、細部に気を付けて観察してみればおかしかった、という事だけだ。
「新堂さんも誘ってよ。何か食べられるもの作るから、好きな物聞いておいてくれる?」
「ああ」
天音が答えてから、弥一が小さく欠伸をする。
一体何日眠っていないのだろう。
眠れないのが辛いのなら、眠れるようにと願えば良いのに。
それを言わないのも、態度に出さないのも、全てが歯痒い。
そんな事を考えながら、夕飯の準備を進める弥一の背中を、天音はじっとりと睨みつけた。
翌日、またドッペルゲンガーに会った。
スーパーでカップラーメンを片手に惣菜コーナーを物色していたのだ。
相変わらず大した物を食べていないらしい。
「おい、飯食いに来て良いそうだ」
「マジで!?やった〜!俺さあ、煮魚が食べたいんだよね」
「新堂も連れて来い。食えるものを作ってやる」
「マスターも煮魚で良いよ。いつ行けば良い?」
「来てもいいが、条件がある」
険しい顔をする天音に、ドッペルゲンガーは首を傾げてみせた。
条件とは言っているが、要は頼み事である。
この女が頼み事をするなんて珍しい。
ここ数日で一体どんな心境の変化があったのか、興味はあったが一先ずは条件を聞くことにした。