5-1 ハンバーガー
一枚、二枚、三枚……。
乾いた音を立てて、数十枚の万札が数えられた後、袋の中へ雑に押し込められた。
中には幾数もの高額紙幣が詰まっている。
「これで半年は働かなくて良いな。ドッペル、食事にしよう」
「いいねぇ、何にする?」
夜の繁華街に似つかわしくない白衣を翻す、女が二人。新堂 五十鈴と、そのドッペルゲンガーだ。
新堂自作の妙な薬を妙な団体に売りつけた後、違法な医療行為をして報酬を受け取った帰りである。
「金が入ったからな。今日は豪勢にレックスバーガーに行くぞ」
ドッペルゲンガーが「ええ……」と落胆の声を上げる。
「昨日もハンバーガー食ったじゃん」
「昨日は安い方のハンバーガーだ」
「つーか、この一ヶ月くらいずっとハンバーガーとカップラーメンじゃん」
「フィッシュバーガーやカップ焼きそばも食べただろう」
「違う、そうじゃない」
新堂の眉間に皺が寄る。
腕を組み、仕方が無いと言わんばかりに重い溜息をついて、ドッペルゲンガーを睨みつけた。
「じゃあ君は何が食べたいんだ」
「え?あー、普通の飯みたいな?」
「つまりは米を食べたいということか」
「まあ……極端に言えばそうだけど」
よし、わかった。
パチンと手の平を叩いた後、新堂は声高らかに言った。
「今日はライスバーガーだ!」
そういう事じゃない、と呟くドッペルゲンガーの声は新堂には届かなかった。
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「って事があったんだよ。いい加減にして欲しいよなぁ」
昨夜の繁華街から一転、爽やかな緑が溢れる公園のベンチでドッペルゲンガーは愚痴を漏らしていた。
「知るか」
「でもさぁ、昔は急に灯油飲んだりしてたから少しはマシになったんだぜ」
「灯……油?灯油って飲めるのか?」
愚痴を聞かされていたのは、買物帰りだった天音だ。
その内容に興味などなかったのだが、急に意味のわからない事を言い始めたドッペルゲンガーに天音は視線を向けた。
「お前の所は作ってくれるんだよな。いいなぁ、この前食いそびれたから食いに行っていい?」
「おい、灯油なんか飲めないだろ。お前何言ってるんだ?」
ドッペルゲンガーは尚も無視して買物袋の中を覗き込む。
「今日はカレーか。良いねえ」
「話を聞け」
「何が?」
「灯油だよ」
天音の鋭い眼光に、ドッペルゲンガーは緩く笑ってみせた。
「え?俺がお前の所に飯食いに行く話だろ」
「……もういい帰る」
「あっはっは、冗談だって。灯油飲んでたら死ぬかもーとかトチ狂ったこと言ってたんだよ。普通灯油なんか飲まないぜ」
なんともどうでもいい、面白くもない話だ。
買い物袋を持ち、ベンチから立ち上がる。
見上げるドッペルゲンガーには目をくれず、天音は早足で歩き始めた。
「待てよ。なあ、飯食いに行っていいだろ?」
「お前に食わせる飯なんてない。帰れ」
「そういうなよ、面白い話聞かせてやったじゃん」
「どこが面白い話だ」
「灯油を常飲するトチ狂った女の話」
常飲しているのか、と言いたくなったが、これ以上話に付き合いたくない。
未だヘラヘラと笑っているドッペルゲンガーに背を向け、再び歩き始めた。
この悪魔は会う度にどうでもいい話ばかりする。
本人も多分どうでもいいと思っている。会ったから、とりあえず話をしただけ。
数分もすれば、自分が話した内容を忘れてしまうほど、ドッペルゲンガーにとっては意味のないことなのだ。
「じゃあさあ、天女様は一体何がご所望なのよ」
嘆くドッペルゲンガーの声を無視して、天音は公園を後にした。