4-5 天界
次に目が覚めた場所は、温かくも寒くもない場所だった。
曇りがかった灰色の世界ではあったが、あの暗い部屋とは比べ物にならないくらい広く、派手な装飾品が飾られた、なんとも綺羅びやかな部屋。
そんな部屋を見回していると、男が一人、入ってきた。
真っ直ぐに整った前髪を真ん中で分け、背の高い帽子を被り、豪華な着物に身を包んだ、気品の漂う男だった。
「やあ目が覚めた?酷いことをされたね」
男の大きな手が私の頭を撫でる。
困惑する私に男は優しく笑ってみせた。
「僕の名前は日向ノ神日和。君は死んでしまったんだけど、それはわかるかな?」
男は軽く自己紹介をしたあと、今の私の状況を説明してくれた。
「僕の上司の偉い神様がね、君を哀れに思ってここに連れてきたんだ。君さえ良ければここで働いてみないか?」
この時はわからなかったが、要は体の良い人員補充だったのだ。
下界で人死にが増え、魂を回収する天人の数が足りなくなってきたからその辺に居た私を適当に連れて来たのだろう。
しかし私はその時、意味もわからず頷いた。
というのも、ここでは理不尽殴られる事も無ければ、腹が減る事もないのだと言われたからだ。
転生して人間や動物になるより、余程マシだと思ったのだ。
視界はいずれ回復すると言われたが、結局色の付いた世界を見る事はできなかった。
怨念が強すぎて、回復に時間がかかるのだと、他の神は言っていた。
「なあ知ってるか?お前を拾ったやつ、不祥事起こして下界に落とされたんだと。んで、日向が今のトップになるんだと」
ある日、いずるがそんな事を言ってきた。
その不祥事とやらが何だったはわからなかったが、どうでも良かった。
「そんな事どうでもいい。それより次はどこに行けば良いんだ」
いずると、もう一人別の神から言葉を教わった私は、随分喋られるようになった。
殘念ながら、あまり良い言葉遣いとは言えないが。
「ああ、人手が足りないらしいからここに行ってやってくれ。なんでも集団自殺したみたいなんだが、結構な人数だったらしい。何がそんなに嫌だったのかね」
「ふん。人間の考える事なんか知るか」
私は黙々と仕事をこなした。
真面目では無かったし、周りからは粗暴で狡猾だ、などと言われていたが気にはしていなかった。
しかしそんな事をしていたから、放火の濡衣を着せられたのかもしれない。
私の上司二人は最後まで庇ってくれたが、家を燃やされた男……日向ノ神は信じてはくれなかった。
だから私は逃げ出した。
追手にはいずるが指名されたようだ。
部下の始末は上司がやれ、という事なのだろう。
ひたすら逃げ回った私は、力も使い果たし、疲労して電信柱の影に隠れた。
何故、こんなにも上手くいかないんだ。
落ちてくる雪を眺めながら、私は瞼を閉じた。
「……あの、大丈夫ですか?」
電信柱の光に照らされたその男は、頼んでもいないのに私を手厚く介抱してくれた。
初めて美味い物を飲ませてくれた。
体を張って、私を守ろうとしてくれた。
馬鹿な男だと思った。