4-3 異変
異変が起きたのは、弥一が帰って来るまで3日を切った頃だった。
食べ終わったカップラーメンをゴミ袋に入れようとした瞬間、手の力が抜けて空を床に落としてしまったのだ。
カラン、という軽い音と同時に膝をつく。
酷い脱力感が身体を襲い、立っていられなくなった。
「なんだ、これ」
ずるずると身体を引き摺って、目先にあった弥一の布団を掴む。
少しであれば力を込める事ができる。が、すぐに力が抜けてしまう。
食生活が乱れていたからか?と一瞬考えたがそんな事でここまで酷くはならないし、天女である天音がその程度で体調を崩す事などない。
ならば原因は何なのか。
「おい、なんなんだよこれ!答えろ!」
誰もいない部屋で叫ぶ。
すると、どこからともなくシャボン玉のような泡が天音の前で舞った。
「恐らくお前の存在が消えかかっている」
泡の表面に、いずるの姿が映し出される。
それを潰してやりたいのを我慢して、天音は話の続きを促した。
「どういう事だ」
「俺達みたいな天人は下界に長く居られないんだよ」
「聞いてないぞ、そんな事!大体、あいつの願い事叶えろとか言ってきたのはお前だろ!」
「……それは俺達の独断だ。正直、他の連中が賛成したのも、お前がここまで生きていられた事も、想定外で驚いている」
「じゃあ……」
いずるがゆっくりと首を振る。
「白浜弥一の事以外でお前には手を出すな、と上から言われている。お前が消えれば、そこで終わりだとも」
死刑宣告のようだと思った。
天音の顔からすうっと血の気が引く。
最初から、こういうつもりだったのかもしれない。
消そうと思えばいつでも消せるのに、あえて今日まで生かした。
きっと、暇潰しだったのだ。
天音が消えるのが先か、弥一が幸せになるのが先か、そんな賭けでもしていたのだろう。
「すまない、俺達はなんとかしてやりたいと思ってたんだ」
「……黙れ。お前も、春近も、最初からどうするつもりも無かったんだろ。さっさと消えろ!」
「……白浜弥一からはお前の記憶を消しておいてやるから、心配するな」
「心配なんかするか!」
すまなかった。
いずるは一方的にそう言い残すと、泡が弾けて消えた。
布団の端を握り締める。しかし、また力が抜けてしまう。
弥一が帰ってくれば、また力を吸って回復することができるかもしれない。
だが、身体が持つだろうか。
そもそも、弥一は天音を助けるだろうか。
(もしかしたら、あいつも私を見捨てるかもしれない)
何せ、弥一には願い事なんて一つもない。
本人は頑なに自分は幸せだと言っているし、これといった欲望もない。
つまり、弥一にとって天音は必要ないのだ。
「ああ……クソッ……」
こんな事ならば、あの朝食をもっと味わっておくべきだった。
思えば、天界を落とされてから初めての事ばかり経験した。
初めて食べた美味しい物の数々。
初めて見た、色の付いた美しい世界。
桜はどんな色をしていたのだろう。
天音は重たくなった瞼を、ゆっくりと閉じた。