4-2 スクランブルエッグ
天音が目を覚ました時、弥一は既に部屋を出ていた。
押入れの襖の隙間から見える5畳の畳部屋には人の気配は無く、押入れから降りてみれば部屋の隅に畳まれた布団があるだけであった。
本来ならば天音が起きた後に弥一が押入れの中にその布団を仕舞っていたのだが、今日から二週間、その布団は出しっぱなしになる。
部屋の中央に鎮座するちゃぶ台の上には朝食用のロールパン。それから大きめの白い皿にサラダとスクランブルエッグが乗っていた。
春の陽気が射す狭い部屋の中で、天音はぼんやりと遅い朝食を始めた。
まともに朝食をとったのは、二週間の中でこれが最後である。
「今日の晩飯はどうするか……」
近くのコンビニで済ませるか、少し離れたスーパーに行くか。
天音は食べ終わった朝食の皿をシンクに置いて、窓の外を眺めた。
そういえば、もうすぐ桜が咲くと弥一が言っていた。
窓から見える、恐らく桜であろう木。
その木を見つめて、天音は無意識に「早く咲けば良いのに」と呟いた。
桜を知らない訳ではない。それなのに何故、こんなにも楽しみなのだろう。
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電車の窓から見える風景からビルの姿が消えて随分経つ。
緑が生い茂る景色に、弥一は春の訪れを感じていた。
まだ少し寒くて桜は咲かないが、あと数週間もすれば近くの公園の桜が満開になるだろう。
そうしたら、天音と散歩に行くのも悪くはない。
満開の桜を見て、きっと感動する筈だ。あの日、夜明けの空を見たときのように。
そんな姿を想像した所で、弥一は自分がそこまで考えてしまっている事に驚いた。
それから自嘲するように唇を吊り上げる。
(あいつも俺もお互いに利用してるだけなのに、何想像してるんだ、俺)
用が済めば二度と会わなくなる。
だから情を持つ必要など無いのだ。
(多分あいつは今頃、俺の事なんか考えてなくて、夕飯何にするかとか考えてるんだろうな)
その通りである。
そんな予想が当たっているとは知らずに、弥一はスマートフォンで桜の開花予定日を調べた。