3-4 誘拐
どこまでも暗い空間が広がっている。
周りには物も人も、音すらも無く、酷い虚無感だけが弥一を襲った。
(またこの夢か。俺、いつの間に寝たんだ?)
この空間が夢だということは知っている。
ただ、この酷い虚無感にはいつまで経っても慣れることができない。
これから夢の中で毎度起こる事も、慣れる所か恐ろしくて堪らないのだ。
(始まる……)
硬く目を瞑る。
意味が無いことはわかっている。
だが、こうする事しか出来ないのだ。
身体を硬くして身構えた瞬間、ぐるりと目の前が回転した。
「……っ!?」
驚きで目を開けた瞬間、薄暗い蛍光灯の光が飛び込んできた。
夢から覚めたのだ。
「おはよう、白浜弥一くん」
髪の長い、白衣を着た女が見下ろしている。
自分の名前をフルネームで呼ばれたが、弥一はこの女の顔も名前も知らない。
起き上がろうとしたが、手首が後ろで拘束されていて、うまく起き上がる事ができないことに気付いた。
「あなたは誰ですか?どうしてこんな……」
「私の名前は新堂五十鈴。君とは初対面だ。今日は君を誘拐させてもらった」
一気に色んな情報が流れてきたが、とりあえず誘拐されたのだという事はわかった。
「俺を誘拐したところで、対応してくれる人はもう誰もいませんよ」
「そうだろうか。今、君と一緒に暮らしている天女様は来てくれるんじゃないのかな」
「アイツは俺を平気で殺そうとする奴です。脅した所で来るとは思えません」
「そんな嘘をついたところで、君を解放するつもりはない」
きゅっと眉を顰め、冷ややかな瞳が疑うように弥一を睨みつけた。
どうやら信じてはくれないらしい。
一体どうしたものか、と弥一がため息をついた所で、部屋のドアが開いた。
「そいつの言ってる事は本当だぜ。あの天女、慈悲も何もねえよ」
新堂と同じ顔で、同じような白衣を着た女が弥一に近付き、しゃがんで顔を近付けた。
「しっかし、可哀相な奴だなぁ。勝手に殺せ、だってさ」
長い髪が弥一の顔にかかる。
無表情の新堂とは対照的に、この女はニヤニヤと嘲笑うような笑みを浮かべていた。
それは同じ顔のはずなのに、何故だか全くの別人のようにも見えた。
「ドッペルゲンガー。貴様、ちゃんと脅したのか?」
「脅したよ。願い事叶えてくれないと殺すって言ったのに鼻で笑いやがった」
会話の流れで弥一は何となく理解できた。
信じ難い事だが、先程からニヤニヤと笑っている女は、新堂のドッペルゲンガーなのだという事。
天音を脅して自分達の願い事を叶える為に、弥一を誘拐したのだという事。
それが失敗して、自分は天音に見捨てられたのだという事。
黙って二人を眺めていた弥一が、おもむろに身を起こした。
「言ったでしょう。あいつは俺の事なんか、微塵も気にしていないって」
身を起こした弥一を、二人が見やる。
「でも、気にしてないだけで嫌嫌助けてはくれるんですよね」
「なんだと?」
新堂が問い掛けた瞬間、ドアが爆音をたてて吹き飛んだ。