3-3 ドッペルゲンガー
ドッペルゲンガーと初めて出会ったのは、もう何百年も昔の話である。
その時の天音は天界に昇りたてで、上司の神に言われるがまま、死んだ人間の魂を回収する仕事をしていた。
腹を切った男の魂を回収した帰り道、瓜二つの男をみかけた。
思わず見つめていると、それが視線に気付いて話しかけてきたのだ。
「よお、お嬢ちゃん。こいつの魂は回収したか?可哀想だよなあ、自害してから6日も経ってるのに誰も訪ねてこないんだ。きっと友達いなかったんだな」
「…………えっ……?」
天界に昇ったばかりの天音は、齢13、4の幼い子供であった。
だから「お嬢ちゃん」と呼ばれる事に何も問題はなかったのだが、死んでから誰にも姿を認識されていなかったのに、急に話し掛けられて戸惑ったのだ。
「なんで俺を見ただけであんなに取り乱すんだろうな?同じ顔の奴がいたっていいじゃん?なあ……」
ドッペルゲンガーはまだ何か喋っていたが、天音はその場を走って逃げた。
奇妙なものに出会ってしまった。最初はそう思っていたのだ。
次に会ったとき、ドッペルゲンガーは女の姿をしていた。
その次と、その次も。どうやら女という性別が気に入ったようだ。
「お前はまた女に取り憑いたのか」
四回目あたりで、ようやく会話をした。
その時のドッペルゲンガーは専業主婦の生活を謳歌していたようで、買物袋からネギをはみ出させ、片手にトイレットペーパーを抱えていた。
「なんだ、あんた喋れるのか。なんかでかくなった?もう嬢ちゃんって感じじゃないな。これからは天女様って呼んでやるよ」
「どうでもいい」
たったそれだけの会話である。
それが恐らく五十年程前だ。
その時から天音の姿は変わっていない。だから、久しぶりに会ったドッペルゲンガーが天音だとすぐに気付いたのは納得できる。
しかし、何故場所を特定できたのかがわからない。
「悪魔の頼みなんか聞くつもりはない。それより何故私の場所がわかった」
「何でも知ってるよ。ああそうだ、今度の飼い主は随分優しいみたいだなあ?」
「……今度の、だと?私は昔も今も飼われているつもりはない。とっとと失せろ!」
天音の指先から火の粉が飛ぶ。
ドッペルゲンガーの足元にいくつかそれが当たったが、怯む仕草も見せずにドッペルゲンガーは相変わらず笑みを浮かべていた。
「そう怒るなよ。お前の飼い主……白浜弥一だっけ?そいつ今、俺のマスターが誘拐しちゃったんだよね」
「……誘拐?」
「だからさ、無事に返してほしかったら俺の願い事を聞いてくれよ。これ、お願いしてるんじゃなくて脅してるんだけど、わかるよな?」
「……はっ、アイツを誘拐したから何だって言うんだ。誘拐されたあの馬鹿が悪い」
今度は天音が笑う番だった。
口の端を吊り上げて鼻で笑ってやると、始終笑みを浮かべていたドッペルが驚いたように目を丸めた。
「いやいや、お前の大事な飼い主だろ。死んだらどうするんだよ」
「だから、飼い主じゃないって言ってるだろ。殺したいなら殺せば良い」
「えー……。あー、ほら、あいつ居なくなったら色々困るんじゃない?一応、俺のお願いの内容だけ聞いてみれば?」
「断る。私は誰かに何かしてやるのが大嫌いなんだよ。それが悪魔なら尚更だ。じゃあな」
未だポカンと口を開けているドッペルの横を天音がすり抜けていく。
目の前にあるアパートの階段を登り、角にある弥一の部屋の中に入ると、窓から光が漏れた。
「あいつ本当に天女か?慈悲とか無いの……?」
ドッペルが力無く呟いてから、頭を掻く。
ほんのりと薄暗くなってきた空を仰ぎながら、仕方なく主のいる場所へと戻ることにした。