1-2 笑う幽霊
紐状の影を伝って光を上に当てる。
天井付近にぼうっと浮かんでいるそれは、スーツを着た若くて髪の長い男であった。
スーツの男は弥一と視線が合うと、驚いたように目を丸くして弥一の目の前まで降りてきた。
「あれ、私が見えるのかい?」
「はあ……。ここで何しているんですか?」
近くで見ると、男は随分整った顔立ちをしていて、女のようにも見えた。
きっちりとした紺色のスーツには皺や汚れが一切無く、赤色のネクタイがよく映えている。
しかし、その首元には先程影にもなっていた長い縄が結ばれていた。
この会社で首吊りでもしたのだろうか。
そんな事を考えていると、男が弥一の質問に対して鼻で笑ってみせた。
弥一の質問に答える気はないようだ。
「もしかして、噂になっている幽霊ですか?」
男が答えないので弥一は質問を変えた。
すると男は目を細め、口元を三日月のように吊り上げて意地の悪い笑みを浮かべた。
「だったら何なの?除霊でもしてみるかい」
「いや、居るのは結構なんですけど、驚かせるのは他の人に迷惑がかかるのでやめてもらってもいいですか」
「あ、そう……」
居て良いんだ、と幽霊が小声で呟く。
先程まで作っていた笑みは崩れ、珍しい物でも見るように弥一の後ろをふわりと回ってから再び目の前に浮いた。
そしてまた、薄い笑顔を作る。
「うん、わかったよ。でも私は君以外の人に見えた事はないし、驚かせた事もない。だから、件の幽霊には私から言っておいてあげよう」
「ありがとうございます」
「だから一つお願いを聞いてほしい」
弥一が怪訝そうに首を傾げる。
幽霊からのお願いなど受けた事が無いし、相手が幽霊というだけでなんだか呪われそうな気さえするのだ。
しかし、内容を聞かない内から断るのも気が引ける。
一先ずは幽霊の言葉を待った。
「私さあ、ポテチが食べたいんだよね」
「……ポテチってお菓子ですか?」
「それ以外に何があるの?兎に角さ、このビルの裏に私の墓があるから、供えて欲しいんだ」
拍子抜けした。
まさか幽霊からお菓子を強請られるとは思ってもいなかったからだ。
取り憑かせろだとか、死んで欲しいだとか、そういったものばかり思い浮かんでいたのだ。
「それだけで良いんですか?」
「ああ、結構だよ」
「わかりました。バイトが終わったらお供えに行きます」
「待っているよ。それじゃあね」
そう言って、幽霊は靄のように消えてしまった。