3-1 ファミリーパックのお菓子
天音が来てから一月が経つ。
世間は正月を迎えた後、節分と恵方巻の準備を始め、豆やら恵方巻の販促やらが目立ち始めた。
弥一がよく利用するスーパーも同様だ。
軽快な豆撒きの歌が流れる一角で、鬼の面と一緒に豆やお菓子が棚に敷き詰められている。
その棚を眺めながら、天音は手に取った甘納豆を弥一が持つ買い物かごにそっと入れた。
「あ!おい、今日はもうお菓子入れただろ。どっちかにしろよ」
「どっちも食ったことがない。両方買え」
「駄目だ。戻して来い」
買い物かごの中には既にチョコレート菓子が一つ入っている。
新たに入れられた甘納豆を拾い上げ、元の場所へ戻してくるように促した。
「甘納豆は次にすればいいだろ。とにかく今日はこれだけ!じゃなきゃ、今日の晩御飯無しにするからな」
「なっ……」
天音が声を詰まらせる。
菓子と晩御飯を天秤にかけているのか、少しだけ考えた結果、天音は仕方なく甘納豆を元の場所に戻した。
三日に一度の買い物に来る度、こんなやり取りをしている。
天音にとって菓子はどれも珍しいようで、こうしてカゴにいくつも菓子を入れては、どれを買うかの押し問答が始まるのだ。
結局は天音が言いくるめられて終わるのも、すっかり定番になってきた。
買い物が終わったら帰り道を一緒に歩く。
アパートに帰ったら一緒に食事をして、風呂こそは一緒には入らないが、ドライヤーを知らない天音の為に濡れた髪を乾かしてやったりもする。
手はかかるが、最近はそれが何となく楽しいと思うようになってきた。
「なあ、明日なんだけど」
「あ?なんだ、聞こえない」
今日もまた、天音の濡れた髪を乾かしている。ドライヤーの使い方を覚える気がないのか、それとも自分で乾かすのが面倒なのか、天音はいつも風呂上がりの濡れた髪を放置しているのだ。
轟々と鳴るドライヤーの音で弥一の声は遮られ、天音が首を傾げた。
丁度乾いた所だったので、ドライヤーを止めて話を続ける。
「明日は夜勤のバイトだから、帰るのが明後日の朝になるんだ」
「やきん……?飯はどうすれば良いんだ」
「夜勤っていうのは、夜から翌日の朝までやる仕事のこと。御飯は冷蔵庫に入れておくから適当に温めて食べて」
天音が乾いた髪をふわりと揺らして振り返る。
同時にシャンプーの甘い香りが舞い、弥一の鼻を擽った。
「お前、この間もその仕事してたな。大丈夫なのか」
「なにが?」
「寝不足は病気のもとだ。そんなんじゃ幸せにはなれないぞ」
「ああ、そういうこと。大丈夫だよ、夜勤の仕事好きなんだ」
言い終わっても、天音は少し不服そうな顔をしていた。
相変わらず鋭い目に眉を近付けて、眉間に皺が寄っている。
「俺が好きな仕事してるんだから良いだろ。ほら、寝る前だけど少しだけならお菓子食べていいから変な顔するなよ」
今日買って来たファミリーパックのチョコレート菓子を開けて、一つ差し出す。
小袋の中に二つずつ入っているそれは、パイ生地でチョコレートを包んだ、誰もが知っている定番の菓子だ。
弥一から菓子を受け取り、それを口に含むと天音の据わっていた瞳がぱっと開いた。
「うまい。次もこれ買え」
「次は甘納豆買うんだろ」
袋に手を突っ込んでいる天音から菓子を取り上げる。
この調子ではファミリーパックでもすぐに平らげてしまうだろう。
また不服そうな顔をしていたが、寝る前だというのもあって、天音は大人しく従った。
「お前は仕事が好きなのか」
大人しく歯を磨いたあと、寝床にしている押入れの中に入ってから天音が言った。
「好きだよ。嫌な事もあるけどね」
「なら、健康な身体を願えば良い。不老不死なんてどうだ」
「不老不死か……。それって幸せなのかな」
「いつの時代も望んでる奴はいる。実際、上の神々は不老不死だし毎日遊んで暮らしてる」
へえ、と空返事をする。
あまり手応えを感じなかったのだろう、天音はそれ以上言うことはなかった。
それから沈黙が続く。
「おやすみ」
電気を消して、声をかけた時には押入れの襖はぴったりと閉められていた。