表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/66

2-8 ホットケーキ


「なるほどなぁ。確かにあれは呪いとも言える」


 朝食の準備をしながら、先程いずるに会った事と言われた事を一通り喋り終わると、後ろでじっと聞いていた天音が口を開いた。


「俺、呪いなんてかけた事ないけど」

「ガキに予言めいた甘い事言っただろ。あれだよ」

「それの何処が呪いなんだよ」


 ふん、と天音が鼻で笑う。

 それからキッチンに立つ弥一の前まで来て、額を突いてみせた。


 言葉は呪いだ。

 いずると同じように天音も呟いてから、話を続ける。


『もう寂しくなるような事はない』

『俺が何とかする』

 

 これは弥一が別れ際に言った言葉だ。

 子供に言い聞かせているように見えたが、弥一自身に言い聞かせていたのだ。恐らく、無意識に。

 あの男児を幸せにしてやりたいという気持ちは本物だったが、その気持ちをより強くする為に自己暗示をかけたのだろう。

 男児が幸せにならないのなら、自分は幸せになる価値が無いと、そう思い込んだのだ。


「それじゃあ幸せになんかなれるはずないから、願い事を叶えざるをえない。ふふ……お前、ただの馬鹿じゃなかったんだな」


 天音が面白そうにしているのは、弥一が上の神を困らせたからだろう。

 良い気味だと笑っているのだ。


「それにしても、奴らどうしてお前の幸せにこだわるんだ」

「気まぐれなんじゃないかな。暇なんだよ」

「確かに暇そうにしてる奴は沢山いるが、それならたちが悪いぞ」

「どうして?」


 面白そうに吊り上がっていた天音の唇が下がった。

 紅色の瞳を伏せて、何かを考えるように指で顎を触っている。


「飽きたら途中で辞めて、私は天界に戻れないかもしれない」

「そもそも、どうしてそんなに天界に帰りたいんだよ」


 伏せていた瞳が上がって、弥一を見つめた。

 困っているような、怒っているような、何とも言えない表情だ。


「下界は疲れるし、良い思い出がない。上の方が、よっぽどマシだ」

「……そう?でも少しは良い思い出増えたんじゃない」


 そう言って、弥一が白い皿にフライパンの中の物を移した。

 丸くて、茶色い、甘い匂いの何か。

 それは天音の前を通り過ぎて、ちゃぶ台の上に置かれた。

 手招きをする弥一の前へ素直に座ると、弥一は茶色い物の上に四角い何かを乗せて、琥珀色の液体をかけてから、天音の前に差し出した。


「御飯食べてる時のお前は、ちょっと嬉しそうに見えるよ。それって良い思い出になってると思うんだ」

「……さあ、どうだろうな。ところで、これはなんだ」

「これはホットケーキ。紅茶もあるよ。さあ、食べよう」


 差し出されたナイフとフォークを見よう見まねで使って、柔らかいホットケーキの端を口に含む。

 口に入れたと同時に芳ばしい香りが鼻を抜けた。

 温かく、さっくりと柔らかな生地を咀嚼すれば、バターのまろやかさとメイプルシロップの芳醇な甘さが絡まり、舌の上で解けて消える。

 その美味しさに、天音の瞳が嬉しそうに細まった。


「美味しいだろ?」


 天音が顔を上げる。

 少し戸惑ったような、恥ずかしそうな顔をして目を泳がせた後、やり場のない視線で窓を見つめて、小さく口を開いた。


「……美味い」


 それはあまりにも小さくて、か細い声だったが、確かに聞こえた。

 その一言が嬉しくて、もう一度聞きたいと思ったが、きっとこれ以上は言ってくれないだろう。


「いつでも作るよ。明日でも、明後日でもね」


 そして明日も明後日も「美味い」と言って欲しいと、弥一は思う。

 その一言と、一緒にちゃぶ台を囲むことが、幸せだと感じるのだ。


「なあ、今わりと幸せなんだけどさ、これじゃ駄目なの?」

「何言ってんだ。飯食ってるだけだろ」


 どうやらこれでは駄目らしい。

 神様基準の「幸せ」なのだから、きっともっと壮大な何か手に入れないといけないのかもしれない。


──幸せなんて、思い込みでどうにでもなる物なのに。

  

 ホットケーキで甘くなった口の中を、熱い紅茶で流す。

 今日もきっと楽しい日になる。

 黙々と食べ進める天音を眺めながら、弥一はぼんやりとそんな事を思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ