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2-7 断行


「何言ってんだ、お前」

「願い事を言っているんだ。あの子が良い両親に出会って、人並みに暮らせるようにしてってね」


 お人好しの馬鹿だと思っていたが、この男はただの馬鹿じゃない。

 もっと想像の上を行く、大馬鹿だ。

 色々な罵詈雑言が天音の喉元までこみ上げてくるが、どれを取っても今の気持ちを表現する事が出来ない。

 

「ふざけるな。たった数時間前に会っただけの、名前も知らない他人のガキが幸せになった所でお前が幸せになる訳じゃ無い」


 まるで弥一の幸せを想い願っているかのような台詞だが、残念ながら一欠片もそんな気持ちは無い。

 天界に帰れるのなら願い事などどうでもいいのだが、問題は「弥一が幸せになる」という所なのだ。


「いいか、弥一。私が帰るためにはお前を幸せにしなくちゃいけないんだよ。あんなガキ放っておけ!」


 苛立った天音が声を荒げる。

 しかし弥一は首を振ってみせた。


「でも見てみぬふりなんてできない。俺が願うだけであの子が幸せになれるのなら、俺も幸せだ。それじゃあ駄目?」

「なんでそこまでするんだ。不幸なガキなんて世界中どこにだっている」

「ああそうだ。だけど世界中の人を幸せにする事なんて出来ないんだろ?それならせめて、俺のできる事をしたいんだよ」


 弥一の言うとおりだった。

 神の力を持ってしても、世界中となると話が変わってくる。しかし、一人の人生を変える事ならば、容易だろう。

 弥一が本気でそれを願い、幸せになれるというのなら。


「……一応聞いてやる。だがな、こんな馬鹿げた願い事、叶う訳がない!」


 そう言ってから、天音がぎゅっと目を瞑る。

 数秒間の沈黙したと思ったら、すぐに弥一に背を向けて歩き始めた。


「え、なに?今ので終わり?」

「ああ。お前の願いを叶えると言っても、私が直接叶えてやれる事とやれない事があるからなぁ」


 例えば金を出すだとか、良縁を引き寄せるだとか、そういった願い事なら天音の力でどうにかなる。

 しかし、名前も知らない人間の人生を大幅に変えるとなると、もっと上の力が必要なのだ。


「お前のふざけた願い事が認められれば、そのうちあのガキに良い事が起きる」

「ホントに!?良かった〜」


 弥一が目尻と眉を下げて、締まりのない笑顔を浮かべる。

 それは先程まで妙な眼光を放っていたとは思えない顔だった。


──────────────


 

 鳥が鳴き始めた早朝。

 弥一の枕元に、深緑色の髪の男が立っていた。

 長い癖っ毛を揺らして、薄ら目を開けた弥一に男が笑いかける。


「よお、久しぶり。お前の願い事について話しに来た」


 前に会った時より、随分フランクな口調だ。

 天音に似た紅色の瞳を狐のように細め、口角を目いっぱいに上げて、まるで友達にでも話し掛けるように掌を軽く上げてみせた。


「えっと、名前……なんでしたっけ」

「水矛ノ出流だ。人だった時は「いずる」って呼ばれてたからそう呼べよ」

「いずる……様。俺の願い事は通ったんでしょうか」


 布団から起き上がり、いずるの前に正座する。そんな弥一に目線を合わせるように、いずるはしゃがみ込むと、懐からタブレットを取り出した。

 思ってもいなかった、近代的な物がでてきた事に驚愕を隠し切れず、弥一が「えっ」と声を上げる。

 それに構わず、いずるは軽やかに画面を指でスワイプした。

 

「これから映し出されるのは、お前が助けた子供の20歳までの記録だ。一応言っておくが、天音以外の誰にもこの内容を喋るなよ?喋ったらこの未来は無くなるからな」

「は、はい。わかりました」

「よろしい。じゃあ、再生するぜ」


 映し出されている再生ボタンを押すと、5分ほどの短い映像が流れた。

 内容は、あの子供の今から20歳までをダイジェストかつ、2倍速で再生されるという、あまりにも情報過多な映像であった。が、間違いなく幸せに暮らしている、というのがしっかりと伝わってくる。

 

「……ありがとうございました。でも、どうしてこんな無理な願いを叶えてくれたんですか?」

「こうしなければ、お前の水が濁ったままだからな」


 タブレットを懐にしまってから、いずるは弥一の胸を叩いた。

 言葉の意味がわからず、首を傾げる弥一に話を続ける。


「簡単に言えば幸せ指数みたいな物だ。俺たちはそれを見る事ができる」


 そう言ってから、いずるは険しい表情を浮かべた。

 

「お前、俺たちがこの願い事を叶えられるかどうか、試しただろ。困るんだよ、人の人生なんか簡単に変えられる物じゃないんだ。バレないように細工するのに苦労したぜ」

「……なんの事ですか」

「何を考えているかわからないが、こういう願い事は今後一切叶えられないからな。二度と自分に呪いをかけるなよ」

「呪い?」


 言葉は呪いだ。

 いずるはそう言って、口に指を添えると、泡のように消えてしまった。

 同時に、目の前が暗転する。

 明るくなった時に、弥一は布団の中で目が覚めた。

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