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2-5 迷子


 空になった食器を返却カウンターまで持っていく。天音から目を離したのは、そんな1分もしない間だった。


 その間に見知らぬ男児が、天音の足に抱きついていたのだ。

 思わず、言葉を失う。

 歳は3歳くらいだろうか、くたびれた灰色のシャツと紺色のズボンを履いている。

 天音の足に抱きつきながら、弥一を見つけると大きな瞳を細めてニッコリと笑ってみせた。


「弥一。このガキなんとかしろ」


 天音は子供だからといって優しく態度を変えるような事はしないようだ。

 昼間会った男に向けた顔と同じように、眉を顰めて男児を睨みつけていた。

 

「えーと……、ぼく、どうしたの?お母さんと離れちゃったのかな?」


 男児の視線に合わせてしゃがみ込み、丸い瞳を見つめる。

 少し伸びた前髪を揺らして、男児は首を傾げた。


「えっとね、おなかすいたの」

「うーん……お名前言える?」

「ハンバーガーたべる」


 意思の疎通が出来ない。

 しかし、空腹だという事はわかったのでフードコートに入っているファーストフード店でハンバーガーをひとつ買って来て、男児に渡した。

 

「おい、何してんだ」

「お腹空いてるみたいだし……。これ食べさせたら迷子センターに連れて行こう」


 天音が呆れたように溜息を吐く。

 一方、男児は渡されたハンバーガーに勢い良くかぶりつくと、あっという間にたいらげてしまった。

 どうやら、相当空腹だったらしい。


「ぼく、お名前言える?」

「たっくん!」

「そっか。たっくんは、お母さんとはぐれちゃったの?」

「うん」


 空服が満たされて、男児はようやく食べ物以外の話をし始めた。

 母親と来た事と名前が「たっくん」だと言う事以外はわからないが、後は迷子センターの従業員が何とかしてくれるだろう。


「わかった。じゃあ、お店の人にお母さんを探してもらおう」

「うん!」


 男児が素直に頷く。

 今度ははぐれないように男児を抱き上げ、買い物袋は天音に持たせた。

 面倒くさそうな顔をして、何か言いたげに弥一を睨んでいたが、気付かない振りをしてエレベーターへ向かう。

 三階のフードコートから一階にある迷子センターへ向かう途中、弥一は前にバイトをしていた託児所の事を思い出していた。

 そこにはこの男児と同じくらいの子供もいて、今のように抱き上げた事もあった。

 それで、ふと違和感を覚えたのだ。

 これくらいの子供は、こんなに軽かっただろうか、と。

 


 18時を知らせるチャイムが鳴る。

 相変わらず店内は人が多いが、来た時よりは幾分か減ってきていた。

 その人混みの中に、この男児の母親がいないだろうか。

 自分の子供を見つけて、駆け寄って来てくれないだろうか。

 弥一のそんな淡い期待は叶う訳もなく、気付いた時には迷子センターの前に着いていた。

 係員に男児を見つけた場所と時間を説明し、男児を腕から降ろして係員に預ける。

 

「じゃあね、たっくん。お母さん、早く来てくれると良いね」

 

 寂しげに見上げる男児に手を振り、背中を向ける。

 前を歩き始めた天音を追うように足を踏み出すと、何か重たいものが片足を引っ張った。

 おおよその予想はつく。だから、無理に歩こうとはせず、前を行く天音を呼んだ。

 振り返った天音を見つめ、自分の後ろ足を指差す。その先にはしがみつく男児がいた。

 男児の身長に合わせてしゃがみこんで顔を覗き込めば、男児は勢い良く弥一に抱き着いた。


「どうしたの?」

「いやっ!!」


 大きく首を振り、目一杯の涙を溜めている男児を引き剥がすことなど、弥一には出来なかった。

 再び男児を抱き上げて、困った顔をしている係員の前まで行く。


「すみません。この子の親が来るまで、俺も一緒に待たせてもらっても良いですか?」


 後ろで、天音が「はぁ!?」と声を上げたが、それは無視した。

 快く承諾してくれた係員に誘導されて、中の事務所に入る。

 子供が喜びそうな可愛い動物が描かれた壁やちょっとした玩具や絵本が置かれたキッズスペース、それから放送用のマイクと申し訳程度のパイプ椅子が置いてある。

 その椅子に腰掛けて、男児を膝に乗せた。

 

「おい、正気か?こいつの親なんか……」

「とりあえず、少し様子を見るよ」


 天音の言葉を遮るように声を被せる。

 だからなのか、天音はそれ以上何か言うことはなかったが、代わりに顔を顰めた。


「付き合ってられるか。私は先に帰るからな」

「ああ。俺もそのうち帰る」


 軽く鼻で笑うと天音はその場を出て行った。

 別に一緒に居て欲しい訳ではない。だから追うこともしないし、声を上げようとも思わなかった。

 不安げに見上げている男児の頭を軽く撫でてから「大丈夫だよ」と優しく笑ってみせると、男児はようやく笑顔を見せてくれた。

 

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