2-4 フードコートのうどんと天ぷら
年末のショッピングモールは人で溢れていた。
鳴り響く在庫一掃セールの音楽と、立ち並ぶテナントから響き渡る店員の呼び込み、行き交う人々の話し声や泣き喚く子供。
そこかしこから様々な情報が耳と目に飛び込んで来るのを流し、人の波に乗って歩き始める。
混んでいる事は想定内だったが、ふいに天音の事が気になった。
こういった人の多い所は苦手なのではないだろうか、戸惑ったり苛立ったりするのではないだろうか、そう思ったのだ。
後ろを歩いている天音をちらりと見やると、案外と平気そうな顔で付いてきている。
弥一がそれに安心した事に気付いたのか、天音が口を開く。
「なんだ」
「人多いから、大丈夫かなと思って」
「人間がこういう所を好きなのも、ここが買い物をする場所だというのも知っている。一々心配するな」
その口ぶりから察するに、人間の日常生活については大体知っているようだ。
但しエスカレーターに乗るのは初めてだったのか、難なく乗ったと思えば、後ろで戸惑った表情をして踏み台見つめているのを弥一は見逃さなかった。
「大丈夫?」
「…………なめるな」
別になめているつもりはないが、余裕が無さそうに見えたのでそれ以上話しかける事はしなかった。
エスカレーターを離れ、立ち並ぶアパレルショップを通り過ぎた先にあるランジェリーショップで立ち止まり、再び天音の方へ振り返る。
先程まで余裕が無さそうにしていた表情はいつもの仏頂面に戻り、振り返った弥一の顔を見上げた。
その表情に、何となく安堵する。
エスカレーター如きで「もう帰る」などと言われては、来た意味が無いからだ。
「先にサイズ測ってもらおうか」
「面倒だな。なんでもいいだろ、こんなの」
「でもサイズ合わないと気持ち悪くない?今だってちょっと苦しいだろ」
そう指摘すると、天音は渋々頷いた。
それから手の空いている店員を呼ぶ。
手慣れているのか、流れるように天音を試着室へ連れて行き、ものの数分で戻ってきた。
天音の手にはサイズがメモされたカードが握られており、それを参考に下着を数着選び、購入する。
後は日用品を買うために100円ショップや雑貨屋も覗いた。
モール内は広く、テナントも多く入っているせいなのか、ちょっと買物をするだけのつもりで来たのに、気付けば17時を知らせるチャイムが鳴っていた。
こんなに長時間の買物をしたのは久し振りだ。
「もうこんな時間だ。ご飯食べて帰ろうか」
「ああ」
フードコートまで移動し、適当な席に座る。
何を食べようか考えていると、天音がじっと何かを見つめているのに気付いた。
視線の先には、セルフ式のうどん屋がある。
昼に食べた蕎麦が余程気に入ったのだろうか。
「うどんにする?」
「昼に食った奴と何が違うんだ?」
「えっ、あー、基本的には同じだけど……麺が違うかな」
「……ふうん。じゃあ、あれにする」
「そう。じゃあ注文してくる」
やはり昼に食べた蕎麦が気に入っていたらしい。
残念ながらうどん屋には蕎麦は置いていないが、代わりに数種類の天ぷらや稲荷寿司があるので、弥一はそれをいくつか皿に取った。
注文したうどんはすぐにトレイに乗せられ、素早く会計を済ませて、席に持っていく。
その出来上がりの早さに、天音が目を丸くした。
「これが海老の天ぷらで、こっちは鶏肉の天ぷら。あと稲荷寿司」
「……ほう」
それらが何かは分かっていないが、天音は一応頷いてみせる。
「じゃあ、いただきます」
海老の天ぷらをさっさと取ってうどんに乗せる弥一を真似て、天音も鶏の天ぷらをつまむ。
うどんの汁につけ、まだ衣の歯応えが残る天ぷらを口に入れれば、昼と同じように目を輝かせて、弥一を見上げた。
「美味しい?」
「まあまあだな。昼に食った奴のほうが美味かった」
急に素直に言われたその言葉が、少しだけ嬉しかったのは言うまでもない。