2-3 電車
電車に揺られながら、先程の事をぼんやりと考える。
あの時は慌てていたから気にしていなかったが、あの男は天音を認識していた。
肩に触れて、顔を綺麗だと言い、言葉を交わしていたのだ。
たまたまだろうか。それとも誰にでも見えるようになったのだろうか。
それとなく周りを見回してみると何人かと目線が合って、反らされた。
見られていたのは弥一ではない。彼らの視線の先にいるのは天音だ。
「なあ、もしかして俺以外にもお前が見えてるの?」
「ああ、そうだろうな。あの時は消えかけていたが、今はちゃんと実体がある」
恐らく、お前の力を吸い取ったからだろう。と天音は言った。
その言葉に安堵して、口元が少しだけ緩む。
これで人の目を気にしなくて良い。買い物も普通に出来るし、服の試着だって出来る。
「そっか、良かった」
「まあ、確かに良い事は多いな。飯は美味いし、景色も良い」
「なんだよそれ。ご飯も景色も、上の方が良かったんじゃない?」
その問いに天音は鼻で笑ってみせた。
どうやらあまり良い思いはしてこなかったらしい。
だからあまり深く聞くことはしなかった。
それからしばらくはガタガタと揺れる電車内の広告を眺めたり、スマホを見ながらぼんやりしていた。しかし時折、自然と天音の方に視線が行ってしまう。
無意識に見つめてしまうのは、長い前髪から透けて見える紅い瞳。
宝石のように鮮やかで、海のようにどこまでも深く、それでいて、火山口を覗いているような恐ろしささえ感じられる。
吸い込まれてしまいそうな、美しい紅色。
ずっと眺めていたい気すらする。
そこまで考えたところで、我に返って目を逸らした。
そしてある事に気付いた。
弥一は瞳ばかり気になっていたが、こうして黙っていれば綺麗な顔をしている。
だから先程からたまに視線を感じていたのだろう。ナンパだってそうだ。こんなに綺麗な顔なのだから声をかけられるのも無理はない。
人に迷惑をかけるなとは言ったが、声をかけられてしまうのは、天音が悪い訳ではないのだ。
なんだか悪い事を言ってしまった気がして、弥一は再び天音を見た。
「あのさ、さっきの事だけど」
「さっきの事?あのしつこい男の事か?」
「そう。あれはお前を一人にした俺も悪かったよ」
天音が一瞬だけ驚いて目を丸くする。
しかしすぐに目を細め、したり顔で腕を組んだ。
「ふん。分かれば良い」
「でも燃やすのは良くない。抵抗するなら手を払うとか、そういうのにしろよ。もし殺すような事があったら、本当に願い事言わないからな」
悪かったとは思うが燃やして良いとは思わない。
天音がまた渋い顔で睨んできたが、それを受け流して、弥一はスマホの画面を見つめた。