2-2 買い物へ
「そうだ。昨日お前の服買ってきたからさ、今日は一緒に買い物に行こうよ」
「金がないのに買い物なんかして良いのか?私の事は放っておけ」
これは気を使っているのだろうか。
例え気を使っているのだとしても、下着も着けずにセーター一枚で目の前をウロウロされては目に毒なのだ。
「ちょっとくらいだったら貯金があるから、日用品買うくらい大丈夫。ほら、早くこれ着て」
服が数着入った紙袋を渡し、着る順番を教えてやる。
天音はそれを渋々受け取ると、徐ろにセーターを捲くった。
こうなる気はしていた。だから予め着る順番を教えてやったのだ。
着替えが終わるのを待ちながら、目を逸らして窓を眺める。
外は綺麗な青空が広がり、冷たい風に負けないくらい太陽が煌々と照らしていた。
今日は良い天気だ。
「これでいいのか」
手伝えと言われたらどうしようかと思っていたが、着替えはスムーズに終えたらしい。
簡単に着れるようにハイネックセーターとスキニージーンズを選んだのは正解だった。
しかし適当に買ってきたカップ付キャミソールのサイズが合っていないようで、天音は胸の辺りをしきりに気にしている。
やはりちゃんとサイズを測ってもらわないと駄目なようだ。
──だが問題がある。
初めて会ったとき、弥一以外の人間に天音は見えていなかった。
だから、買い物に連れ出しても誰にも認識されないかもしれないのだ。
もしそうだったら、胸のサイズは結局弥一が測ってやらなければいけない。
(なるべく外で会話は控えた方が良さそうだな)
傍から見れば独り言を呟いている怪しい人物になりかねない。
通報とまではいかないだろうが、また職務質問を受ける可能性だってある。
そんな面倒は避けたいと思った。
「じゃあ行こうか」
「ああ」
洋服と一緒に買ったショートコートを天音に着せてやり、弥一もコートを羽織る。
財布と鍵をポケットに入れ、戸締まりを確認してから部屋を出た。
ひんやりと冷たい風が頬を撫ぜて、背筋が少し震える。太陽は出ているものの、気温はまだまだ低いのだ。
すぐにでも悴みそうな手を擦り合わせながら、錆びついた階段を降りる。
途中でコンビニのATMに寄らなければいけない。その後は電車に乗って大きなショッピングモールまで行くつもりなのだが、果たして天音は電車に乗れるだろうか。
「なあ、電車の乗り方わかる?」
「ふざけんな。それぐらい知ってる」
どうやら電車の事は知っているらしい。
食べ物にはいちいち驚いているように見えたが、車や電光掲示板といった物には興味はないようだ。
閑静な住宅街を抜けて駅前のコンビニまで来たところで、ちらりと天音を見やる。
年末だからか、非常に人通りが多い。周りの目が気になって、話しかけるのにも躊躇した。
「じゃあちょっとお金下ろしてくる」
雑音に紛れるように少し小声で言うと、天音は素直に「ここで待っている」と答えた。
なんだか妙に大人しくて怖い。何か企んでいるのだろうかと勘ぐってしまいそうになる。
「……勝手に何処か行ったりするなよ。あと、人に迷惑かけないこと。いいな?」
「うるさい。早く行け」
まるで子供に言い聞かせているようだと思った。だが相手は子供ではないのだから、金を下ろす程度の時間なら放っておいても大丈夫だろう。
少し気になったが、弥一は足早にコンビニへ入りATMの前に立った。
ATMの前には先客が一人いたが、すぐに弥一の番が回ってきた。
だから大して時間は掛からなかったのだが、コンビニを出てすぐ、弥一は目を瞠った。
「ねぇってば!暇なら一緒に遊ぼうよ〜」
繁華街でよく見かけるような、派手な見た目と調子の良い口調。
そんな男が天音に向かって執拗に声を掛けていたのだ。
天音は明らかに嫌そうに顔を顰め、腕を組んでいる。
「触るな」
天音の鋭い瞳が男を射貫くように睨みつけるが、どうにも効果がないらしい。
男はニコニコと人当たりの良さそうな笑顔を浮かべ、天音の肩に手を回した。
「お姉さん、すっごく綺麗な顔だね」
「諄い。いい加減にしろ!」
大変だ。あの男の人が危ない。
驚きのあまり固まっていたが、すぐにそう思い直した。
何せ腹いせに街一つ燃やそうとした女だ。気に食わない事をされてただ黙っている訳がない。
弥一の思った通り、天音が胸の前で掌を少し広げて見せると、小さな火の玉が浮かんだ。
すかさず、天音と男の間に割って入る。
「すみません!こいつ、日本語苦手なんです!もしかして何か失礼な事しましたか?!」
「は……?はあ、別に」
咄嗟についた嘘はあまりにも説得力がなさすぎる。が、連れがいるとわかると、男はさっさと離れていった。
危なかった。もう少し遅ければ、あの男は消し炭になっていたかもしれない。
「……お前、あの人の事燃やそうとしただろ」
「だからなんだ。邪魔だと言っているのに付きまとってくる方が悪い」
「そうかもしれないけど、邪魔だからって燃やして良い理由にはならない」
そこまで言うと天音が不機嫌そうに顔を顰めた。
確かにナンパ行為はあまり気持ちの良い物ではない。それは弥一もわかっている。
しかしそんな事で燃やされてしまっては、あまりにもあの男が不憫だ。
きっと家族や友人もいるだろうし、恋人だっているかもしれない。
彼が死ねば、何の罪もないその人達が悲しむ事になるのだ。
「もし誰かを傷付けるような事をしたら、願い事なんか絶対に言わないからな」
「なっ……」
天音が言葉を詰まらせる。
弥一が願い事を言わなければ天界には帰れないのだから、従わざるを得ないのだ。
渋々小さい声で「わかったよ」と言ったのを確認して、弥一はようやく安心した。
しかしこんな事を言ってしまったが、天音が側に居続ける事で迷惑を被るのは弥一自身なのだ。
ただ、他人が怪我をするよりはマシだと思った。
ざわめく人混みを掻き分けながら、弥一は駅のホームへと向かった。