プロスペクト ⑦
「ごめんくださーい。」
オドとパウが中にはいると、まずはその暑さに圧倒される。カンカンと灼けた鉄を叩く音が響き、炉の前には小さくも貫禄のある背中が見える。
「聞こえてないな…」
そう言ってパウが扉の横に設置されてる大きなベルを2、3度鳴らすと炉の前に座る人物が振り返る。
「すまんすまん、つい夢中になっておった。」
「おはようございます。グランツさん。」
グランツと呼ばれた鍛冶師はシワの深いドワーフの老人だった。髭を焼かないようにするためか鼻の下から口元の開いている長い革製のマスクをしており、左目は閉じられている。
「おお、パウか。どうした、戦鎚のメンテナンスはしたばかりだぞ?」
「いえ、今日は彼を紹介しようと思いまして。」
「なんだ、未だ子供じゃ、、、ほう、弓使いか。それに、、、うん、面白い。名前は何というんだ?」
「オドです。」
「そうか。オド、ついてこい。」
グランツはオドを工房の裏庭に連れて行く。
そこには丘に掘り込むように作られた縦に長いスペースがあった。グランツは奥に置かれた机に幅15㎝程の木の板を用意して戻ってくる。
「撃て。」
グランツはそう言って約15m程先に置かれた板を指さす。遠くではあるが木の板はそれなりに分厚いようである。オドがパウの方を見ると、パウもまた笑って頷く。オドは頷くと腰の矢袋から矢を取り出して弓に番えると、狙いを定めて、、、放つ。
オドの手を離れた矢は置かれた板に音を立てながら飛んでいき、板に深々と突き刺さり貫通する。
「うむ。次だ。」
グランツは矢の突き刺さった板を確認すると、今度はそこに一本の槍を立てる。
オドは再び狙いを定めて矢を放つ。矢は槍に命中し、槍はゆっくりと後ろに倒れる。
「ほう。」
「うむ。」
パウは感心したように驚きの声を上げ、グランツは満足したように頷く。
「流石は狩りを生業にしているだけある。見世物じゃない、生きた弓の腕前だな。」
グランツはオドに近づくと小さくそう告げる。
「よし、オド。試しにこれを使ってみてくれ。」
グランツはそう言って一本の鉄の矢を持って来る。針をそのまま大きくしたような形をした矢にはトレイルするような浅い溝が彫られている。細いとはいえ鉄なだけあってオドの使っている矢と比べると重い。オドが鉄矢を見ている間にグランツは奥の机の上に鉄製の鎧を置く。
「よし、撃ってみろ。」
オドは弓の弦であるツルに鉄矢を噛ませる。
その時、少しツルが先程までに比べて張るような感覚がするが、オドは気にせずに構え、、、放つ。放たれた矢は、その重さを感じさせず、むしろ浮き上がるように音を上げて飛んでいくと、そのまま鉄の鎧に突き刺さり、鎧の胴部分を粉砕する。
「おお、凄い。」
思わずパウが声を上げる。一方、グランツは不思議そうに首を傾げている。
「これは、、、。オド、少しその弓を見せてくれないか?」
オドは緑鹿から与えられたものである弓を見せるべきか一瞬考えるが、疑われても仕方ないのでグランツに弓を差し出す。弓を受け取ったグランツはうんうん唸りながら弓を隅々まで見る。
「パウ、すまんが少し外れてくれ。」
グランツは唐突にそう言う。
パウは素直にグランツに従い工房の中へと入っていく。
パウが聞いていないのを確認してグランツが口を開く。
「これは素晴らしい。どこで手に入れたかは聞かんが、これは間違いなく神器に属するものだ。」
「、、、。」
「うむ。その反応ということは知っていたということだな。魔剣のように、この弓には魔力が宿っている。主に風魔法だが、その他にも持ち主と矢に合わせてサイズが変わるという効用を持っているな。恐らく、先程の矢を持った時に少し違和感があったろう。それが、それだ。」
「はい。」
「うむ。オドが良ければさっきの鉄矢は1ダース分くれてやる。神器に使われるなら職人冥利に尽きる。」
「、、よろしいんですか?」
「ああ、元々あの矢を使いこなせる冒険者なぞ今までいなかったからな。始末に困ってたものなんだよ。気にせずに受け取ってくれい。」
「ありがとうございます。」
「うむ。」
それまで言うとグランツは工房にいるパウを呼び、オドと共に工房の中へと戻る。
「それで、パウは何の用だ? ただ彼を紹介するだけに来たわけではないだろう。」
「ええ、実は彼は戦槌使いでしてね。彼の鎧を見繕って欲しいんですよ。」
「ほう。」
グランツはそう言うとジッとオドの身体を見つめる。
「しかし、彼自身はあまり鎧を着るのは好きでは無いようで、、、」
「そうなのか?」
パウに言われ、グランツがオドに問う。
「はい。鎧は重いので、、、それに慣れていませんし。」
「そうか、、、。」
グランツは少し考えるように黙るが、すぐに口を開く。
「物は後で考えるとして、寸法だけとっておこう。」
そう言うとグランツがエプロンから巻き尺を取り出す。
「お代はどうしましょう?」
オドが恐る恐る聞くが、グランツはそれを笑い飛ばす。
「なに、その弓の腕前があればすぐに稼ぐようになるさ。それより鎧がなきゃ稼げんだろう。ほれ、ほれ、そこに立て。」
グランツはオドを台の上に立たせると次々とオドの身体のサイズを測っていく。そんな2人の様子をパウはニコニコと眺めていた。
「よし、こんなもんでいいだろう。」
一通り測り終え、オドは解放される。
「だいたい1週間後に来るといい。それまでには考えておく。」
それだけ言うとグランツは炉の前に座りブツブツと独り言を言い始める。
「ああなったらグランツさんはしばらく動かないよ。それじゃあ、オド君。行こうか。」
パウはそう言ってオドを促す。
「このまま出て行っていいんですか?」
「ああ。もう自分の世界に入ってるからね。反応を待つだけ無駄だよ。それに、オド君には"次の予定"があるからね。」
そう言ってパウは意味ありげに微笑むのだった。
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