プロスペクト ⑥
いつものようにオドは陽が昇る前に目を覚ます。
完全に早寝早起きが染み付き、8時頃に寝て4時前に起きるのが習慣になっている。
「よし。」
オドは今日も木刀を片手に屋上に出る。
30分程オドが素振りをしていると、今日もユキの歌声が聞こえてくる。
冒険者ギルドから距離はあるはずだが、オドの耳にしっかりとユキの声は届いている。オドがブランケットを返してからは今のところ欠かすことなくユキの歌声が響いており、オドはもしかしたらブランケットが無かったせいで眠れずに寝坊していたのかな、と思ったりもする。
「だったら申し訳ない事をしたな。」
全身に汗を流しながら、オドはそう言って遠くに見える冒険者ギルドを眺める。
その日もオドは歌声が聞こえなくなるまで屋上で剣舞を続ける。
水浴びを終えて服を着たオドはベットに腰掛け改めて昨日のことを思い出す。初めてのダンジョン潜入は新鮮な驚きと興奮の連続だった。パウの戦槌指導も為になり、なにより回収した魔石やドロップ品の報酬として初めて自分の力でお金を稼いだことにオドはある種の感動を覚えていた。
「よし、行くか。」
オドは立ち上がって軽く伸びをすると、最低限の装備を身に着けて大犬亭を飛び出していくのだった。
オドはダンのカフェでパウを待つことにした。
「おはよう、オド。初めてのダンジョンはどうだった。」
オドが店に入るとダンが声を掛けてくる。オドはカウンター席に座り、昨日の初ダンジョンの話をダンにする。ダンは楽しそうにオドの話を聞いてくれる。
「そうか、そうか。1層階とはいえ弓矢が効くのは驚きだな。パウとも武器が似ていて気が合うようで良かった。昨日は売り言葉に買い言葉でパウを乗せちまったからな。」
ダンはそう言いながら、オドに朝食を出してくれる。
今日はいつかの朝食セットに出たフレンチトーストだった。
「今日はどうするんだ?」
オドがフレンチトーストを頬張っているとダンが質問してくる。
「パウさんに“会わせたい人がいる”と言われまして、ここで待ち合わせしようと言われたんです。」
「そうか。それじゃあ今日はダンジョンに行かないのかな。」
「どうなんでしょう。普通の冒険者の方はどれくらいのペースでダンジョンに行くんでしょうか。昨日、実際に潜入してみて、とても疲れるというのを実感しました。」
オドの言う通り、ダンジョン潜入は非常に疲れる。
戦闘による体力的な物もそうだが、なにより出口から出るまでは常に逃げ場がないという怖さと死と隣り合わせであるという緊張感による精神的疲労は非常に大きいものがあった。超ベテラン冒険者であるパウの同伴があってもオドはそれなりには疲弊していた。
「だいたいは2日間ダンジョンに行って1日休むというのが多いのかな。体力も使うし、ダンジョンはちょっとのミスが命取りになる場所だからな。若い頃はちょっと無茶もしていたが、俺がパーティーを組むようになってからはそうしてたな。」
ダンは腕を組むと、そう言って頷く。
「なるほど。」
「まあ、中には毎日単身で潜っては深層階に通い詰めていた猛者もいたがな。普通は有り得ん。」
ダンは苦笑いをしながら、人差し指で上を示す。
オドもすぐに誰のことを言っているのか理解する。やはり殿堂冒険者になるような人は異次元のようだ。
「おはようございます。ダンさん、オド君。何の話をしているんですか?」
「おお、パウか。おはよう。」
パウが現れ、2人に話しかける。
「いや、ライリーの話をね。奴は毎日ダンジョンに通い詰めていたってな。」
「そうみたいですね。僕が冒険者になる直前に引退してしまっていましたから実際に見ることは出来ませんでしたが、、、。」
「そう言えばそうだったな。パウは今年で何年目だ?」
「15年目です。」
「そうか。たしかライリーと本当に2週間くらいの入れ違いだったんだよな。」
「ええ。」
オドは黙って2人の話を聞く。
ライリーは15年前に38歳で現役引退をしたようで、その年にパウは18歳で冒険者になったという。それから10年経った5年前にダンが36歳で現役引退したそうで、冒険者としての全盛期を過ぎた33歳のパウにとっては引退も視野に入っているようだった。
「だから、オド君のように早い段階で冒険者になれるのは羨ましいよ。」
そう言ってパウはオドの肩に手を置く。
「保護者がこの街にいる者は18歳になるまで冒険者になれないからな。」
「そうだったんですか?」
「そうだぞ。ライリーに言われなかったか?」
「言われてなかったと思います。」
オドは初耳の情報に驚く。
冒険者研修に年上しかいなかったのはそれが理由のようだ。
「そう言えば、この後パウとオドは予定があるんじゃなかったか?」
「そうでした。オド君をグランツさんの所に連れて行こうと思いまして。」
「ああ。そういうことか。なら爺さんによろしく伝えておいてくれ。」
ダンとパウが話し出す。
「グランツさん、、、ですか?」
「ああ、腕利きの鍛冶師だ。俺が現役のころにもお世話になってな。」
「ええ。きっとオド君も気に入られると思うよ。」
そう言うとパウが立ち上がる。
ちょうどオドも朝食を終えたところだった。
「それじゃ、行ってらっしゃい。」
ダンが皿を下げて2人を見送る。
パウとオドの2人は冒険者ギルドの東側出口を出ると、サウスイースト鍛冶区へと向かう。
パウはどんどんと鍛冶区の奥へと進んでいき、ついには鍛冶区の最奥、青龍の丘の麓まで来る。丘の麓には3つの工房が並んでいて、その一つに「グランツ・ジェルミの鍛冶工房」とシンプルな立て看板が出ている。
「さ、こっちだ。」
パウはそう言うと工房の正面玄関には見向きもせず工房横の細い路地へと入っていく。
「こっちですか?」
「ああ、正面玄関はグランツ・ジェルミという我々の目的の人の息子の工房でね。目的の人はグランツ・ホルスさんという人だ。言わないと分からないよね。」
パウはそう言って笑うと、路地を奥へと進んでいく。
確かに、工房は前後で2つに分かれている様で、後ろの工房は丘に食い込むようにして建てられていた。中からは鉄を叩く音が響いてきて、熱気も伝わってくる。
「ここだ。」
細い路地の奥の奥に扉があり、紺の暖簾が掛けてある。
「さあ、行こう。」
パウに背中を押され、オドは暖簾をくぐり工房へと入るのだった。
ここまでご覧になって頂きありがとうございます。
拙い文章ですが、少しでも気に入っていただけましたらブックマーク、高評価をしていただけると幸いです。
評価は↓にある【☆☆☆☆☆】のタップで行えます。
また誤字脱字の報告、感想もお待ちしています。
Twitterもやってまーす。(@Trench_Buckets)




