プロスペクト ②
急いで冒険者ギルドを出たオドは大通りを走っていく。
大犬亭に戻ったオドはユキのブランケットを取り出すと、今しがた走ってきた道を引き返していく。
「いらっしゃい!!」
ブランケットを持ったオドがダンのカフェに行くと何時の如くミアンが出迎える。
オドは一瞬ミアンにユキが来ていないか聞こうとしたが、何となくユキが嫌がりそうだと考え止めることにした。オドはテラス席を見回すが、そこにユキの姿はなかった。
「しょうがない。」
オドはとりあえず店内でユキが現れるのを待つことにする。
特にすることも無かったのでオドは貰ってきたクランの勧誘ビラを見てみることにした。
「ふーん、クラン・クロウねぇ」
オドはぼんやりとクラン・クロウのビラを眺める。
クランの名前である爪は市街地“獅子の爪”を由来にしている様で、本拠地が書かれている地図を見ると大犬亭から歩いて10分くらいの場所だった。クラン・クロウは総勢4630名の大規模クランであり、メンバーのランクで算出されるランキングではヴィルトゥスで3番目に強いそうだ。因みに1番はクラン・アイでヨハンはそこに入るらしい。
ビラの一番上には「努力・成長・献身」という言葉が書かれている。
クランの説明を読んで思うのは、クラン・クロウは相当厳しい基準のあるクランだということと、“獅子の爪”という市街地自体がそう言ったハードワークな伝統と気風を持った街だということだ。
「そのクランに入るの?」
突然後ろから声を掛けられオドが振りかえる。
声の主はユキだった。ユキはダンジョン帰りのようで銀の鎧を身にまとって腰には剣を携えている。
「いえ、考え中です。」
「そう。」
ユキはスッとオドの隣の席に座ると、オドの膝に置かれているブランケットをジッと見つめる。
それに気付いたオドは慌ててユキにブランケットを差し出す。
「すいません。随分長い間お借りしてしまいました。」
「いえ、、ありがとう。」
ユキは表情の薄いままブランケットを受け取るが、少し口元は綻んでいた。
ユキはブランケットを見つめると、それを大事そうにギュッと胸に抱く。そんなユキの様子にオドは心から持ち主に返せて良かったと安堵する。
「大切な物なんですか?」
「ええ、昔から使ってる物。これがないと中々寝られなくて、、、、。」
ユキはブランケットを持ちながら答えるが、そこまで言うと黙ってしまう。
咄嗟に言ってしまったが、どうやらブランケットが無いと寝れないという話が恥ずかしかったようで耳を赤くして俯いてしまう。気まずい沈黙が2人に流れる。
「あ、あの、、、忘れて。」
ユキがボソリと呟く。
「大丈夫ですよ。別に子供っぽいなんて思っていませんから。」
「忘れて。」
オドが励ますように言うと、ユキはガシッとオドの手首を掴んで詰め寄る。
水色の瞳の熱い視線ががオドに降り注ぎ、オドの手首を掴む手はギュッと握りしめられる。
「分かりました。忘れます。」
「ほんとう?」
「はい。」
「、、、ならいい。」
ユキはそう言うとオドの手首から手を放す。
「お代、私が払うから。オド君、持ってきてくれてありがとう。それじゃ。」
ユキは立ち上がってそう言うとサッと席を立ってしまう。まだ恥ずかしさがあるのか、その足取りは驚くほど速く、ミアンもユキの何も聞くなと言う圧に圧倒されていた。
◇ ◇
ダンの店で夕食を済まし大犬亭に戻ったオドはクランについてティミーに相談してみることにした。
「ということで、どうすべきでしょうか。ライリー様の話を聞いて入らなくていいかなとも思ったんですけど、見学だけでも行こうか迷っている所です。」
「私からは何とも言えないけど、、、一つ言えるのは大規模クランだと一度入ると抜けるのが大変だったりすることかな。最近では街の運営にも口を出すようになってきたからね。」
「そうなんですね、、、。」
オドが難しそうな顔をするとティミーが微笑む。
「まあ、彼らの言い分も分かるけどね。確かに大規模クランは大所帯だし、それなりの責任を負っているからね。12の代表者をヴィルトゥスの運営に関わらせてほしいというのも頷ける。」
ティミーはそう言って紅茶を啜る。
「あまり政治の話をしても意味ないね。まあ存分に迷えばいいよ。」
「はい。」
オドは難しい表情のまま頷く。
「ただし、最後は自分で決めるんだよ。それがこの街でのやり方だからね。」
そう言うとティミーは立ち上がり、紅茶を飲み終わったティーカップを流しに持っていき、それを洗い始める。
「そう言えば、先代の冒険者ギルドのギルドマスターの話なんだけどね、相談は相談した時点で答えは決まっているって話を昔されたよ。」
「どういうことですか?」
「つまりね、誰に相談するかという判断をしている時点で大まかに本人の中には答えが決まっているって話だよ。まあ今回のオド君は本当に迷っているようだけど、もし、君がこの段階でライリーの所に相談に言っていれば、もう答えは決まっているだろう。これは要は相談というテイで背中を押してもらいに行っているって事になる。」
「なるほど。」
「あの時は確か、逆に言えば背中を押してもらわないと判断できない、しかも判断をあくまで他人に委ねて逃げていることになるからと言ってクルツナリックが反発してたと思うなあ。それでも確かに的を射た観察だとは思ったけどね。」
ティミーは懐かしそうにそう言うとタオルで手を拭きオドの肩に手を乗せる。
「さっきも言ったが、色々考えてみるもんだ。若いというのは、そういうことだよ。」
ティミーは書斎に入っていき、オドも部屋に戻る。
オドは天井を眺め、どうすべきか考えていたが気付けばいつの間にか眠ってしまっていた。
◇ ◇ ◇
翌朝オドが起きると、まだ早朝だった。
だいぶ早起きが習慣になったようで、今日もオドは木刀を持って大犬亭の屋上に出る。
「すぅーーー、はぁーーー」
一度深呼吸をして冷たい朝の空気を吸い込み、吐き出す。
少し身体が軽くなった感覚がして、今日も素振りを始める。南東の方角から歌声が聞こえてくる。
「ユキさんはよく眠れたのかな。」
そう小さく呟いてオドは微笑む。
今日もヴィルトゥスの街に陽が昇り、新たな朝が訪れる。
『生きてるだけで偉い?』という全くテイストの違う短編を書きました。良ければ、そちらも覗いて頂けると嬉しいです。




