自由都市での新生活 ⑩
ダンのカフェは今日も盛況なようで多くの冒険者やギルド職員で混み合っていた。
オドは1人客なので空いていたカウンター席に腰掛ける。
すぐに店員のミアンがやってきてメニューを渡してくれる。オドは注文をすると、改めてメニューを見てみる。今まではメニューをしっかりと見る機会がなかったが改めて見ると、やはりというべきかダンのカフェのメニューは“獅子の爪”の酒場に比べて料理の値段が高めに設定されていた。
「やっぱり高いな、、、」
オドは内心、冒険者ギルドの客間にいる間オドの食費を支払ってくれていたライリーに感謝する。
ライリーにとっては大した額ではないのかもしれないが、残金14万トレミのオドにとってはその有難みがひしひしと感じられた。
ふと視線を感じてオドは顔を上げて店内を見回す。
テーブル席を見ても特にオドを見ている人影はなく、いつものカフェと同じ様子だった。
オドが首を捻り、再びメニューを見ようと視線をカウンターに戻そうとしたその時、同じカウンターの奥に座る少女と目が合う。白銀の髪を持つその少女はボーとオドを眺めていて、最初、目が合ったことにも気づいていなかったようだが、数秒の後にオドと目が合っていることに気付き、驚いたのかビクッと身体を震わせる。
「あ、、、」
思わず声が漏れ、オドは少女から目を逸らす。
思わず目を逸らしてしまったオドは視線をどこに向けるべきか戸惑い、メニューに目を向けつつ全神経を白銀の少女の方に向けていた。少女もオドと目が合ったことに気付いてからしばらく座っていた席で考え事をしていたようだったが、意を決したように立ち上がるとオドの座っている席の方へと歩いてきた。
少女は何も言わないままオドの元まで歩み寄ると、そのままカフェの入り口と反対側のオドの隣、空いている方のカウンター席に座る。淡い水色の瞳をした少女の表情は薄く、オドには彼女が何を考えているか分からなかった。
「ねえ。」
「はい!!」
唐突に少女から声を掛けられオドは思わず声が上振れる。少女は人差し指を口に当てシーッとオドに声を小さくするように言うと、少し周りを確認し見られていないことを確認する。
「あの、、名前は?」
少女は少し緊張しているのか肩を小さく震わせながらオドに名前を聞く。
「オド、です。オド・カノプス。」
オドが極力声を小さくして少女に名前を教える。
「オド君、、、オド君ね。」
少女はオドの名前を聞いてその名前を小さく反芻すると、オドと目を合わせる。
「あ、あの、オド君。私のブランケットって知らない? 一週間前くらいに屋上の階段で寝てた君に掛けてあげたはずなんだけど、、、。」
オドはすぐに少女の言っているブランケットの意味を理解する。
ターニャとの模擬戦の日、少女の歌声を聴いて眠ってしまったオドに何者かがブランケットを掛けてくれていたのだ。ライリーにも誰の物か分からなかったようだったが、ブランケットの持ち主は少女だったようだ。結局、返す相手が分からなかったオドは今もそのブランケットを持っていた。
「あ、はい。持っています。あの時は、ありがとうございました。」
オドがそう言うと少女の表情がパッと明るくなる。いままでの表情が薄かったせいか、その表情には、花が咲いたかのような可憐さがあった。
「良かった。あれが無いと私! 、、、、」
少女は嬉しそうに言葉を発するが、途中、恥ずかしくなったのか下を向いて黙ってしまう。オドから少女の表情は見えなかったが、白銀の髪から覗く耳が少し赤くなっているように見えた。
「それじゃ、お返ししますね。いつお渡しすればいいでしょうか。」
オドがそう言うと少女は再び顔を上げ、うんうんと頷く。
少女が言葉を発そうとした時、思わぬ所から横やりが入った。
「ユキちゃんじゃない。誰かと一緒に座っているなんて珍しいね。」
そう言って2人に声を掛けたのはオドの注文した料理を運んできたミアンだった。
ユキと呼ばれた少女はビクッと身体を震わせるとミアンを見る。
少女は見るからに慌てだすと、立ち上がりカウンターに銀貨2枚を置くと「ごちそうさまでした。」とだけ言うと店を去って行ってしまった。
「ありゃりゃー。急に声かけない方が良かったかー。」
ミアンはやってしまったとばかりにそう言うとオドの目の前に料理を置いてくれる。
「ミアンさんは彼女と知り合いなんですか?」
オドが問うとミアンが頷く。
「あの子はこの店の常連さんなんだよ。それにユキちゃんは有名人だからね。」
「そうなんですか?」
「うん。まだ15歳なんだけどね。超実力派の冒険者だよ。それに、ギルドマスターの娘だからね。」
ミアンの言葉にオドは驚愕で固まる。
ライリーに娘がいたこと。冒険者ギルドの屋上にいたあの少女が冒険者だったこと。しかも実力者。そして2人が親子だったこと。
「それよりオド君とユキちゃんが知り合いだったことに驚きだよー。どこで知り合ったの?」
ミアンはそう言うとオドを覗き込む。
「いや、今日初めて話しました。」
「そーなんだ。へー。ふーん。」
どこか意味ありげな視線を送るミアンを後ろから現れたダンがお盆で叩く。
「いてっ!!」
「ミアン。サボってないで早く裏に戻ってこい。注文が溜まってるんだ。」
ダンはそう言ってミアンを仕事に戻させる。ミアンは不服そうにダンを見ると、「どうぞ、ごゆっくり」とオドに言って店のバックヤードへと引き上げていく。
「やれやれ。」
ダンはそう言うミアンを見送ると、オドに向き直る。
「オド君、タイムスで見たよ。ヴィルトゥス入居おめでとう。たまにはこのカフェにも来てくれよ。」
「ありがとうございます。沢山来ますね。」
優しく微笑むダンにオドがそう返すと、ダンは満足げに頷く。
ダンはオドの肩を軽く叩いてバックヤードに戻っていくが、思い出したようにオドのもとに引き返してくる。
「そう言えは、ライリーの奴がオド君が来ないと嘆いていたぞ。暇ができたら顔出してやるといい。」
それだけ言うとダンは店の奥へと姿を消し、オドは1人になる。
オドは一息つくと、色々とあったが、遅めの昼食に取り掛かるのだった。
新鮮なレタスとトマト、大きな照り焼きのチキン、チーズに目玉焼き、大きなバンズにこれらが何重にも挟まり、それが崩れないように上から剣を模した長い楊枝が突き刺さっている。今日もダンの料理は格別の美味しさだった。
ここまでご覧になって頂きありがとうございます。
拙い文章ですが、少しでも気に入っていただけましたらブックマーク、高評価をしていただけると幸いです。
評価は↓にある【☆☆☆☆☆】のタップで行えます。
また誤字脱字の報告、感想もお待ちしています。
Twitterもやってまーす。(@Trench_Buckets)




