自由都市での新生活 ⑧
2日後、オドは大犬亭に届いた冒険者研修案内に従い冒険者ギルドへ向かっていた。
オドはこの2日間、“獅子の爪”、“狼の牙”、錬金術区といった大犬亭の近くを中心に散歩がてらの探索をしていたので久々の冒険者ギルドだった。今日も冒険者ギルドへと続く道は混雑しており、オドは冒険者達の流れに身を任せるように進んでいく。
「新人研修の方ですね。西出口、階段の反対側でお待ちください。」
オドは受付に並び、案内を差し出すと受付の女性は笑顔でそう答える。
オドは素直に従い、指示された場所で待機していると何人かオドと同様に新人研修と思わしき若者が立っていた。人種は様々、歳は皆18歳前後で、皆オドの目から見ても安そうな鎧を身に着け、剣を引っ提げている。オドは鎧こそ着けていないが、重厚感のある紺のコートを羽織っており少し浮いていた。
「新人研修の者はこちらへ。」
男性の声がして振り向くと、ベテラン冒険者と思わしき40歳程の男性が「新人研修」という札を持って声を出していた。オドが男性の方へ歩み寄ると、他の新人達も集まってくる。
「うむ。これより新人研修の指導役を務める冒険者のビンスだ。よろしく頼む。」
そう言ってビンスは集まった面々を見ると手元の紙を覗く。
「うん? 1人まだ来ていないようだな。少し待つか。」
ビンスはそう言うと腕組をして新人たちの顔を見渡す。
オドもつられるように他の研修参加者を見ると、皆やる気に溢れている様で静かながらも闘志の籠った目をしている。オドも彼らのそんな様子に触発され、頑張ろうと意気込んでビンスに目を戻すと、ビンスと目が合った。
「君がオドか。ターニャから話は聞いているよ。」
ビンスは事前にオドのことを知っていた様で声を掛けてくれる。
それと同時に、他の研修参加者からの視線がオドに集まる。
「はい、よろしくお願いします。」
オドはそんな視線を背中に感じつつハッキリとした口調でそう返す。
「すいませーん。遅れましたー。」
その時、1人の人間の若者がビンスに声を掛ける。
その若者はピカピカの新品で高そうな鎧に身を包んでおり、悪びれる様子もなく新人研修の列に参加する。オドはそんな若者の姿を見て自分より浮いた格好の人間が現れ少しホッとする。
「うむ。明日からは遅れないように。」
ビンスはそう言うと再び紙を見てから顔を上げる。
「うむ。人数はあってるな。それでは確認のための点呼を取る。名前を呼ばれた者は返事するように。」
ビンスが名簿を読み上げ、各々が返事をする。
オドが聞いていると、名前は帝国風の者から南国風、特定民族を表す名前など様々でヴィルトゥスの街に住む人々の多様さに改めて驚かされる。最後に来た人間の青年の名前はヨハン・アリオスと言うようだった。中々オドの名前は呼ばれず、最後の1人となった。
「オド・カノプス」
「はい‼」
オドの名が呼ばれオドが返事をすると、そのヨハンがケラケラと笑いだす。
「まさかとは思ったけど、君も研修に参加するのかい。鎧も付けていないし、まだ子供じゃないか。ダンジョンは遊び場じゃないんだよ。」
ヨハンにそう言われたがオドは特に怒りは感じなかった。
それよりも、ライリーやクルツナリック、ティミーがオドを一個人として扱ってくれていたため忘れていたが、周囲から見れば自分はまだまだ子供で幼いと思われるという事実を客観的に思い起こしていた。
「何とか言ったらどうだい。おい。」
何も反応せずにただ自分を見るオドを怯えたと思ったのかヨハンが片手で押そうとするが、大星山の絶壁で鍛えられたオドの体幹はビクともせず、逆に押そうとしたヨハンの態勢が崩れる。
「え?」
キョトンとした表情のままヨハンの身体がグラリと揺れる。
オドは咄嗟に態勢の崩されたヨハンの腕の下の身体と鎧の隙間に手を入れると鎧をグッと押さえてヨハンが倒れないようにする。オドはヨハンが倒れなかったことに安堵するが、ヨハンの反応は違っていた。
「やめろ!! 鎧に触れるな!! これはお父様の物だぞ!!」
そんなヨハンの言葉に誰よりも先にビンスが反応した。
「ヨハン殿!! 貴方の御父上は決してそのようなことは言わないぞ。」
「うるさい!! 俺は自分の才能を証明してお父様に認めていただくんだ!!」
ヨハンの言葉を聞いてビンスはニヤリと笑う。
「ほう。証明、か。そうか、そうか。」
ビンスはわざとらしく納得したよう頷くと突然の出来事に強直する研修参加者の方を向く。
「ちょうどいい。この街で冒険者になるに当たって大切なことを教えよう。ついてこい。」
ビンスはそう言うと皆を引き連れて冒険者ギルド2階にある練習場へと向かう。
「いいか。冒険者として最も重要なことの1つは“証明”することだ。自分の実力を、自分の価値を、自分の可能性を衆目に晒し、“証明”するんだ。これは単に冒険者ランクを上げるということだけではない。“証明”された事実は名声となり、そのまま信用へと繋がる。だからこそ、冒険者は自分の存在を証明しなければいけないんだ。」
そこまで言うとビンスはヨハンの方を向く。
「ヨハン・アリオス。まずは自分の可能性を証明してみるのはどうだ。どちらにせよ、この20人程度の新人の中で秀でていなければ冒険者としての大成の可能性は薄い。違うか?」
そう言われてヨハンは頷く。
「そうだ。まずは御父上の功績でも、実家の誉れでも、一族の誇りでもなく、自分自身で己を証明してみろ。まあ、証明するまでもないかもしれんがな。」
ビンスはそう言いながら何故か意味ありげにオドを見る。
案の定、ヨハンもオドを見ている。
こうして、オドはダンジョンに潜る前に再び模擬戦をやらされる羽目になったのだった。
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