新たな土地、新たな人々 ⑬
「次は俺が相手だ。」
ライリーの言葉に支部長達が騒ぎ出す。
どうやらライリーは5つ目のダンジョンを制覇し殿堂冒険者になった日から十数年、戦闘を一切していないようで、支部長達は生ける伝説であるライリーの戦いを間近に見れることに興奮していた。
「ほほほ、ライリー殿の腕前が鈍っていなければいいが。」
支部長の中でクルツナリックだけはライリーの戦闘を知っている様でライリーを茶化すように笑っている。ライリーは観覧席から闘技場の方まで降りてくる。
「ターニャ、疲れているところ申し訳ないが、執務室から剣を持ってきてくれ。」
ライリーは突然のことに固まっているターニャに言うとオドに目を向ける。
「オド君はそれでいいかな?」
そうオドに問うライリーの目は真剣そのものだった。
「はい、よろしくお願いします。」
「、、、うん。良かった。」
ライリーは少しオドを見つめると、そう言って頷くのだった。
「お待たせしました。」
しばらくしてターニャがライリーの執務室から剣を取ってくる。ライリーはターニャから剣を受け取ると鞘から剣を抜く。ライリーは軽く振ると2、3回その場で飛び跳ねると、オドに向き直る。
「それじゃあ、始めようか。」
「はい。」
オドの返事にライリーが頷く。
「クルツ、開始の音頭を頼むよ。」
「うむ。それでは、、、はじめ!!」
クルツナリックの宣言で戦闘が始まる。
オドは『コールドビート』を握り、深呼吸をする。
集中力が深まり、再び感覚が研ぎ澄まされていく。オドの身体が光に包まれ、魔剣の輝きが増していく。そんなオドをライリーは剣を片手に飄々とした表情で見つめる。
「ん?」
ここでオドは違和感に気付く。
ターニャの時には感じ取れた敵の殺気や感情の起伏、魔力やオーラを目の前で剣を片手に佇むライリーからは全く感じ取れなかった。呼吸にも変化はなく、ライリーはただ静かにオドを見ている。
「なら。」
そう言ってオドがライリーに切り掛かろうとした瞬間、ライリーから突き刺さるような殺気が発せられる。オドはライリーがオドの攻撃の出鼻を挫こうと切り掛かってきたと思い咄嗟に飛び退く。しかし、飛び退いた場所にライリーの姿はなく、むしろライリーは一歩たりとも動いていなかった。
「そう、君は見えすぎる。」
ライリーはそう呟くとニヤリと笑う。
オドが再び『コールドビート』を構える。
ライリーは相変わらず一歩も動かず、殺気も感じ取れない。
「だからこそ、見えなくなる。」
気付いたときにはライリーがオドの目の前に出現する。
「な、、、!!」
驚愕するオドに向かって剣が振り降ろされ、『コールドビート』が弾き飛ばされる。
ライリーの強く、重い一撃にオドの身体も倒され、手が痺れる。オドが慌てて振り返るとライリーの剣の切っ先が突き付けられていた。
「まだまだ!!」
オドは叫ぶと『コールドビート』を拾いに行く。
オドの中で忘れかけていた好戦的な本能や闘争心に火が付いた。そんなオドを見てライリーは嬉しそうに微笑む。
「お願いします!!」
再びオドは『コールドビート』を構えてライリーへと挑んでいく。
◇ ◇ ◇
しかし、当然の如く何度やっても結果は変わらなかった。
オドは集中力をさらに深めていき、ライリーの呼吸、筋肉の動き、感情の機微まで捉えているはずなのに、ライリーの放つ殺気に攻撃される幻覚を見せられ、全く無の状態からの唐突な接近と攻撃によって戦闘不能にさせられる。
何となく緑鹿との稽古に似てるな、そんなことを思いながらオドは剣を振るう。
オドは本能的に、無意識のうちに笑っていた。
「そこまで!!」
闘技場にクルツナリックの声が響く。
「ライリー、そろそろ終いに。もう1時間半はやっているぞ。」
「ああ、すまんクルツ。楽しくてついな。」
諫めるクルツナリックにライリーが言うと、剣を鞘に納める。
「皆も時間を取らせてすまなかった。今日はこれでお開きだ。」
ライリーそう言うとクルツナリックを除く支部長を帰らせる。
支部長達はいまいち戦闘の内容が分からなかったようで、首を傾げながら闘技場を出ていく。ターニャは支部長達を2階まで見送るようで一緒になって闘技場を後にし、闘技場にはオドとライリー、クルツナリックの3人が残される。
「参りました。ありがとうございます。」
オドがライリーに頭を下げる。
「ははは。僕も久しぶりの戦闘で緊張したよ。」
「ライリー、嘘が下手だぞ。むしろ現役の時より気合が入ってたぞ。」
ライリーとクルツナリックが楽しそうに話す。その姿は、引き締まっているとはいえ50代位の中背の男性で、先程までの戦闘が嘘だったかのようである。
「それにしても、オド君。君は冒険者に向いているよ。」
クルツナリックがオドに話しかける。
「そうですか?」
オドは自分がターニャを倒したからかと思いそう返す。
「うむ。実は私も元は冒険者でね。ライリーの同僚でもあったんだ。」
クルツナリックの発言でライリーと彼の仲の良さの理由が分かる。
「冒険者の一番の素質はね、強敵との戦いを恐れない事だよ。蛮勇と言ってしまえばそれで終わりなんだがね。それでも自分より強い敵との戦いに楽しんで挑んでいける者こそが真の冒険者なんだ。コイツのようにね。」
そう言ってクルツナリックはライリーを指差す。
ライリーはニヤニヤとクルツナリックを睨むと、オドを見る。ライリーの顔には優し気な微笑みが浮かんでいる。
「まあ、楽しませてもらったよ。」
そう言ってライリーはオドの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
オドは一つ息を吸う。
様々な思いや迷い、決意がオドの頭をよぎる。
息を吐き、もう一度、息を吸う。
「ライリー様、クルツナリック様。この街の一員として僕をここに残らせて頂けないでしょうか。」
そう、オドは告げるのだった。
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