新たな土地、新たな人々 ⑪
その日もオドは夕食を早々に済ませ、早く寝ることにした。
大量の夕食に膨れたお腹を擦りながらオドはベッドに腰掛ける。
窓から見える街の景色は明るく、大通りでは沢山の人々が入り乱れるようにせわしなく行きかっている。ライトアップされた中心部はもちろん、奥に見える市街地も明かるく、そこに暮らす人々の生活の証がその数だけ灯る。
「、、、はぁ」
オドはため息と共にベッドに身体を預ける。
ダンの言ったように、いつか自分もあの日の記憶を思い出として受け入れられる日が来るのだろうか。それとも、いずれすっかり忘れ去ってしまうのだろうか。
「それは、嫌だなあ。」
暗闇の中にうっすらと映る天井を見ながら、オドは指輪を撫でる。
目を閉じて夜の街から聞こえるヴィルトゥスの雑踏の音に耳を傾ける。
しばらくオドが目を瞑っていると、朝に銀髪の少女が歌っていた歌がふと蘇る。その澄んだ歌声の面影は沈んだオドの心を癒すように落ち着かせ、オドはそのまま眠りに落ちていくのだった。
◇ ◇ ◇
オドが目を覚ますと、部屋はまだ暗かった。
身体をむくりと起こし、ふと傍らを見ると『コールドビート』がぼんやりと仄かに光を発している。その光はいつかのオーロラのようにその姿、色を変化させオドはその光に目を奪われる。淡く、儚く、移ろう光を眺め、オドの感覚が研ぎ澄まされていく。
「~~~♪」
再び昨日の歌声がオドの耳に届く。
オドは『コールドビート』を背負うとゆっくりと廊下へと出る。
昨日同様、歌声は屋上から響いている様で、オドはゆっくりと階段を登っていく。
「~~~♪」
屋上に出る扉の前でオドは立ち止まる。
昨日の出来事を思い出し、オドは屋上には出ずに階段に座って少女の歌声を聴くことにした。薄暗い中オドは『コールドビート』を片手に階段に腰を掛けて目を閉じる。再び感覚が研ぎ澄まされていき、少女の包み込むような声がオドの身体に流れ込んでくる。
「~~~♪」
澄んだ、優しい歌声は、今だけはオドを過去や今の悩みから解放させてくれ、オドはその歌声に揺られながらウトウトとしだす。意識が遠のく中にも歌声はオドを優しく包み込み、オドはいつの間にか階段で眠りに落ちてしまう。
◇ ◇
「、、、君」
「、、、、ド君」
「、、、、、オド君!!」
自分を呼ぶ声にハッとオドが目を覚ますと、目の前にはライリーがいた。
「おはよう、オド君。よ~く眠れたようだね。」
からかうように笑うライリーに謝りながらオドは立ち上がる。
オドの肩にはいつの間にかブランケットが掛けられており、落ちそうになったブランケットをオドは抑える。ライリーもブランケットに関しては心当たりが無いようで、オドは首を傾げる。
「それよりも、探したよ。君を呼ぼうと部屋に行ったらもぬけの殻だったんだから。」
「すいませんでした。もうそんな時間でしたか。」
オドが言うとライリーはオドを屋上に誘う。
少女の姿はもうなく、晴れた青空が広がる。
既に日の出からしばらくたっている様で、目下に広がる街では既に多くの人々が道を行き来している。
「そろそろ支部長も到着する頃だ。さあオド君、急いで。」
ライリーが階段を降りていき、オドもそれに続く。
オドが部屋に戻ると朝食が用意されている。流石に模擬戦の直前であるということで今日は普通の量の朝食であったが、それに物足りなさを感じオドは「自分もだいぶここでの食生活に染まったな」と自嘲気味に笑うのだった。
「そろそろだ。」
一緒に朝食を取ったライリーが言い、オドは模擬戦の準備を始める。緩んだ靴紐を引き締め、『コールドビート』を鞘ごと背負うと腰に短剣と戦槌を装備する。指に嵌るシリウス・リングをタマモの指輪と共にネックレスに括り、首のかける。
「本当に鎧はなくて大丈夫かい?」
ライリーが確認するように聞くのにオドは頷く。それを確認するとライリーが椅子から立ち上がる。
「うむ。それでは行こう。付いてきてくれ。」
ライリーがオドを闘技場まで案内する。
階段を登って4階に来ると、ライリーが廊下で立ち止まる。
扉を開けて進むと、そこは闘技者の控室だった。控室の奥には廊下があり、オドは直感的にその先にあるものを察する。
「私が一緒に来れるのはここまでだ。それじゃあ、オド君。頑張って。」
それだけ言うとライリーは控室を出ていく。
オドの中で緊張感が徐々に高まっていく。
軽く屈伸してオドは控室のベンチに浅く腰掛ける。遠くでライリーが話す声が聞こえてくる。オドは目を閉じて軽く瞑想をする。
「オド君、どうぞ。」
暗い廊下の先からライリーの声が聞こえる。
オドは目を開けるとゆっくり立ち上がり、闘技場へと続く廊下を一歩ずつ進んでいくのだった。
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