新たな土地、新たな人々 ⑦
「やあ、クルツ。今日はありがとう。」
ギルドマスターの執務室に入ってきたヒーラーのクルツナリックに対して椅子に座ったままライリーが声を掛ける。クルツナリックはそれに応えるように片手を挙げるとライリーのいる執務机に向かい合うように置いてあるソファに腰を下ろす。
「それで、どうだった。」
「傷に関しては問題ないよ。毒も後数日で抜け切るだろう。」
クルツナリックは先程までの丁寧な言葉遣いから一転、ライリーに対しては敬語が抜ける。ライリーも気にしていないようで、何処か親しげな様子である。
「そうか、良かった。ターニャのお陰だな。」
「そうだね。流石は元ベテラン冒険者だ。適切な処置だったよ。」
クルツナリックは机に用意されている紅茶を啜る。
ライリーは椅子から立ち上がり、クルツナリックの目の前のソファに座るとクルツナリックに顔を近づける。
「それで、彼の魔力はどうだった。」
小声で尋ねるライリーにクルツナリックは首をフルフルと横に振る。
「全く感じられなかったよ。こんなのは初めてだ。」
通常、魔力は全ての人が大なり小なり保持している。
魔力は大気に漂うマナによって生成され、魔力が一定まで蓄積するとその人に合った魔法適性が発露する。そして、発露した火属性や水属性などの魔法適正に従い、魔法として魔力を顕在化させることができるようになる。ドミヌス帝国に魔法を使える人が少なく、大星山やヴィルトゥスに魔法を使える人が多いのは土地によるマナの濃度が違うからである。
「考えられる理由としては、マナから魔力を生成する能力を持っていない、ってことだな。もしくは、マナを体内に吸収できない、とかかな。」
オドの珍しい体質の原因を考えるクルツナリックの言葉を聞きながらライリーはソファに深く座り考え込む。
「しかし、彼が精霊の森に出現した時には魔力を感じたんだがな。それも、非常に強力な魔力の波動を。」
再び黙り込むライリーにクルツナリックが声を掛ける。
「魔力とは関係無いと思うが、彼の心臓には弱体魔法の呪いがかかっているよ。」
それを聞いたライリーはガッとクルツナリックに顔を近づける。
「どういうことだ。」
「恐らく彼は生まれつき心臓の鼓動が強すぎるんだ。それで弱体魔法の呪いでそれを弱めてるんだ。彼の話によると1か月程前に呪いが1つ解かれたようだね。彼の食欲が増したのは鼓動に合った器の大きさまで身体を大きくする必要があるからだろう。」
「しかし、弱体魔法の呪いなどを生まれたばかりの子供に掛けられないだろう。そんなことをすれば、身体が耐えられずに赤子が死んでしまう。」
驚愕したように言うライリーにクルツナリックが続ける。
「まあ、普通ならね。彼の場合は直接的な血の繋がりによってそれを免れたようだ。それにして術者は相当な魔法の使い手だよ。1回でもかなり体力も精神力も使うだろうに、それを3回もだ。」
「ということは後2回分の呪いがまだ彼には掛かっているのか。」
「そうだね。けど、心配は無いと思うよ。きっと必要になれば呪いは自ずと解けるさ。」
そう言うクルツナリックにライリーは怪訝な面持ちを向けるが、最後には「クルツが言うなら、きっとそうなんだろう。」と認めた。
「私からの報告は以上だよ。」
そう言うとクルツナリックは立ち上がりドアに向かって歩き出す。
「ああ、ありがとう。」
ライリーも立ち上がりドアのところまで行く。
「それじゃあ。」
そう言い残しクルツナリックが去っていく。
その背中を見送ったライリーはドアを閉めると再びソファに戻り、考え事を始めるのだった。
◆ ◆
オドはクルツナリックに言われた通り1日部屋で安静にしていた。
変化があったとすれば食事の量で、ターニャの持ってくる料理はとてつもなく多かった。しかし、手当をしてもらった上に宿泊もさせてもらっているオドが出された料理を残すわけにはいかず、全力で全てを完食した。
「もう夜か。」
窓の外を見ると既に外は暗くなっていた。
オドは布団に潜り込むが、なかなか寝付けない。
どうしても大星山での戦闘の記憶が頭をよぎり寝られなかった。夜はどんどん深まっていき、それに比例するように孤独感がオドの感情を支配する。
「、、、うう」
オドは寝られず、気晴らしに外を眺めるが既に街から灯りは消えている。
オド自身、あの場で逃げ延びることが最善の策だと頭では理解していたが、それでも自分だけ取り残されてしまったことや、天狼族として有り得ない事だが皆で大星山から逃げられなかったのかと考えてしまう。
「だめだ。」
他のことを考えようとすればするほど、あの日の記憶が蘇る。
それだけ12歳のオドに大星山での出来事はつらいものだった。
オドは逃げるように布団を頭から被り、目をギュッと瞑るのだった。




