侵略者 完
オドは『コールドビート』を片手に集落の中央へと走る。
オドの顔に表情は無く、『コールドビート』のみがその輝きを増していく。そして、オドは悪魔の下へと至る。
「ほう。お前が天啓を受けた者か。」
悪魔の発した言葉でオドは我に返る。
ドコッという音と共に悪魔の鉤爪がオドの居た場所を引き裂く。
「ほう、避けるか。」
オドは反射的に攻撃を避け、それを見た悪魔は少し嬉しそうに呟く。
一方、オドは困惑していた。
オドの記憶は部屋で『コールドビート』が輝いているのを見てから途切れており、我に返ると目の前に異形の悪魔がいたのだ。無意識のうちに悪魔と対峙させられたオドは驚きや恐怖で頭がぐちゃぐちゃになるが、悪魔はオドに考える隙も与えず攻撃を仕掛ける。
オドは辛うじて悪魔の攻撃を避けるが、防戦一方となる。
一方的な攻撃が続く。悪魔の一撃は重く、剣で防いでも押し込まれてしまう。オドは早い攻撃展開とその一撃の重さにじわじわと体力を削られ、攻撃を避けきれなくなっていく。遂にオドの左肩に悪魔の鉤爪が食い込み突き刺さる。左肩からは血がドクドクと溢れ、手元まで流れ落ちていく。
「グッ、、、。」
オドは小さく呻き、大きく後ろに飛び退く。手元まで流れる血は『コールドビート』の柄にも染み込む。悪魔はさらに攻撃をしようとオドに迫る。オドは、一度息を整えようと大きく息を吸い込む。
「スゥ、、、。」
そして息を吐こうとした時、周囲の景色が突然変化する。
左肩の痛みが消え、一方で自分の鼓動は強く感じられた。
五感が澄んでいく感覚がし、そして、対面する悪魔が止まっているように見えた。
しかし、すぐに悪魔は止まっているのではなく、ゆっくりと動いていることに気づく。手元の『コールドビート』からはオーロラの光が霧のように漂っている。
勝手にオドの足が踏み出される。
ゆっくりとオドは悪魔に接近していく。迫る鉤爪を避けるとそのまま悪魔の腕を切り落とす。切り口から悪魔の身体がボロボロと崩れ始める。
オドはさらに接近すると身体を回転させながら『コールドビート』を振り、驚きに歪む悪魔の顔と胴体を分断する。首の切断面もすぐに崩落を始め、悪魔の身体が塵のように崩れる。
悪魔は片腕が切り降ろされたことを理解した頃には既に『コールドビート』が首元に至った後だった。
悪魔が最後に見たのは剣と同じくにオーロラのように深く色を変化させて輝く少年の瞳だった。
◆ ◆
ローズもこの戦闘の一部始終を見ていた。
タージの救援に向かうため待機している天狼族を集め、タージの居た柵へと走っている時に悪魔と戦うオドを発見したのである。ローズは慌ててオドを呼んだが、オドは一切それに気付かない様子で、次の攻撃で悪魔をたったの二撃で屠ってしまった。
ローズがオドに声を掛けようとした時、柵の方から喚声が上がる。悪魔の出没もあり空堀と柵の防衛が遂に決壊したのだ。奥から教会軍の姿が見える。
「行くぞ!! 敵を押し戻すぞ!!」
ローズが叫び教会軍へと天狼族の兵が突進していく。
オドも一瞬、呆然としていたがすぐに我に返り戦闘に参加する。攻め寄せる教会軍は900までその数を減らしているが、迎え撃つ天狼族は僅かに50名ほど。
ここから壮絶な白兵戦が始まる。
◇ ◇
天狼族は強く、持ち前の俊敏さと強靭な脚力、そして鍛え抜かれた体力と肺活量で教会軍を圧倒する。しかし教会軍はその数で圧倒し、天狼族は徐々に押されていく。更に後方からは今度は天狼族に向けて矢の雨が降り注ぐ。
1人倒れ、2人倒れ、遂には15人ほどしか残らなかった。
ローズは残った仲間に指示をすると、10人にローズの家を守らせ、オドと共に5人で家の中へと入る。
「我らもここまでか。」
ローズが静かに言うと3人に家に油を撒くよう指示を出す。
「いいか、オド。お前はここから逃げろ。」
ローズはオドに語り掛ける。オドは何も言えないが、僅かに首を振る。
「オド!!」
ローズが怒鳴る。
「オド、お前は生き残らなければならないんだ。」
ローズは指に嵌るシリウス・リングをオドの手に握らせる。
「いいか。お前が生きている限り、我らの記憶も、誇りも、意志も残り続ける。我らは為すべきことを与えられてこの地に生を受けた。きっと儂らの使命はオド、お前に北天の意志を引き継ぎ、命を懸けてオドを守ることだったのだ。だがオドは違う。これからオドにしかできない為すべきことがあるはずだ。」
ローズは床板を剥がす。
そこからは地下に繋がる梯子がある。
「この通路を抜けていけ、オド。」
ローズはオドの背中を押す。
「爺ちゃんも一緒に逃げよう。」
ローズは首を横に振る。
「爆破後には死体が必要だろう。さあ、行くんだ。」
ローズはオドを階段の下に降ろすとオドが上がってこれないように梯子を外す。
「今生の別れだ。オド、達者でな。オドが生きている限り、儂の魂はお前と共にある。それだけは忘れないでくれ。」
そう言ってローズは床板を被せて穴を塞ぐ。
オドは何も考えられなかったが、とにかくローズの言うように地下通路を進んでいく。“生き残らなければならない”。その言葉だけがオドの身体を突き動かしていた。
「行ったか。」
オドの足音が遠くなるのを聞きローズが呟く。
他の3人も家中に油と火薬を撒き終わり戻ってくる。皆、覚悟を決めた顔でローズに頷と瞑想するようにその場に座り目を閉じる。
ローズは火の付いた蠟燭を手に持つ。そして、それを投げる。
“私達の宝物を、、、お願いします、、、。”
ローズが目を閉じるとタマモの言葉を思い出す。
この娘との最後の約束を果たすためにこれまで過ごしてきた。
果たして自分はオドを立派に育てられただろうか。娘との約束を果たせただろうか。
ローズは首を振る。オドは立派に育った。自らの足で歩き始めた。ならば、、、。
火が床に落ちる。
大爆発。
爆風が家を囲む教会軍を襲い、家は中にある全ての物と共に木端微塵に粉砕される。
地下通路を走るオドの耳にも爆発の音が届き、走るオドの背中を押すように風が吹く。オドは歯を食いしばり、涙を流しながら、それでも、走り続けるのだった。
「レガシー」や「生きた証」というと多くの人が物理的な物、例えば具体的な功績や実績、子供や孫などの子孫などを思い浮かべるように感じますが、僕はその人との思い出や意志もまた人がこの世に残せるものだと思います。僕は昨年、祖父を失ったのですが、そのお葬式の際にお坊さんが「人は二度死ぬ。」というお話をしていました。一度目は物理的な死、二度目はその人のことを憶えている人がこの世からいなくなった時に訪れる、という話でした。その言葉が何故か今でも心に残っていますし、振り返ると祖父との思い出はとても暖かいものでした。もうその声を聞くことはできないけれど、いつまでも優しい記憶が残るように。




