侵略者 ⑪
ドーリーやヴァックスが大星山攻略を行っている頃、ゴドフリーの居る教会軍の陣営にも動きがあった。
「枢機卿猊下、報告です!!」
ゴドフリー以外誰もいない本陣に伝達兵が駆け込んでくる。
伝達兵は人の姿に戻ったゴドフリーに手紙を渡すと下がっていく。
「こんな時に何の用だ。」
ゴドフリーはイラつきを隠すこともなく毒づく。
しかし、手紙を読むとその表情がサッと変わりガタリと椅子から立ち上がる。手紙を持つ手はワナワナと怒りに震え手紙を握りつぶす。
手紙には帝国北東部にて獣人の集団が反乱を起こし、次々と街を占拠しては獣人達を解放しながら帝都に進軍している事、そして教会内部にそれを手引きしている者がいる可能性があることが書かれていた。
「うむむ、、、。」
ゴドフリーは考え込む。
恐らく獣人な反乱を手引きしている者はゴドフリーを快く思っていない者であり、彼らは北方の教会軍を集結し街の守りを薄くしたゴドフリーに反乱の責任を押し付けようとしているに違いない。教会内部では反乱の鎮圧を軽く見ているようだが、反乱勢力が勢いを増して帝都や教会に踏み込む可能性もないとは言えない。それほどに現状の獣人への扱いは悲惨といえる。そして今回の出撃で軍船を全て使用している以上、本陣から大星山へは援軍も送ることはできない。
「致し方無い。」
ゴドフリーはそう呟くと本陣の幕をめくって外に出る。
「出立の準備をせよ。我ら待機する4000の兵はこれより帝都防衛・反乱鎮圧に向かう。急げ!!」
ゴドフリーはそう指示すると、再び誰もいない本陣の中へと戻るのだった。
◆ ◆
教会軍のこの動きに近くの森で身をひそめるコウ達も気づいていた。
「千載一遇のチャンスだ。」
コウは急いで別動隊の仲間を集めて作戦会議を行う。皆で作戦を共有し頷きあう。
「それじゃあ準備だ。何時でも出れるよう急いで準備しろ。」
コウの一言で作戦会議は終わり、皆が解散し準備に取り掛かる。コウはカイ、ムツ、ルナを手招きしてその場に残らせると、3人をその場に座らせる。
コウもその場に座ると他の仲間が出ていったことを確認してから話はじめる。
「カイ、ムツ、ルナ。お前らはこの作戦の成功・失敗に関わらず、役目が終わったらそのまま逃げろ。大星山には戻らず西に逃げ山脈を越えてセーラー法国へ行け。」
コウは3人の目を見てそう言った。今回の作戦における3人の役割は敵軍の陽動であり最初に戦線離脱をすることになっている。
「そんなのできません!! 俺だって“北天の護人”の1人だ。長グランもそう言ってたじゃないですか。血への忠誠だって!!」
そう言って真っ先にカイが立ち上がる。
コウは分かっていたかのようにカイを宥める。
「カイ、これはその長の命令だ。いいか、無駄に命を落とさないこと、血を繋いでいくことも、血への忠誠に他ならないんだ。」
「そんなの戦わない事への言い訳です!! どうせ俺たちが力不足だから戦わせたくないんでしょう!!」
カイはそう言うと陣を出て行ってしまう。
コウは溜息をつくと、その場に残っているムツとルナを見る。
「もどかしいのは分かる。だが、どうか分かってくれ。」
ムツが頷き、ルナは黙って俯いてしまう。
「すまない。頼んだ。」
コウはそう言うとカイを追うように陣を出ていき、陣にはムツとルナだけが残るのだった。
◇ ◇
教会軍の行軍が始まったのはそれから数時間してからだった。
コウ達別動隊もそれぞれの場所に移動していく。コウは別れる直前にルナを呼ぶ。
「ルナ、、、。」
コウはただ一人の妹にかける言葉が見つからず口ごもる。
すると、ルナがコウに抱きつく。コウはルナを受け止め、愛する妹の頭を優しく撫でる。
「ルナ、不甲斐ない兄ですまなかった。君は俺のただ一人の愛する妹だ。ルナがどこにいたってそれは変わらないよ。それだけは忘れないでくれ。」
そう言うとコウはルナを引き離し、笑顔を作る。
「それじゃあ、さようなら。」
コウ達が去っていく。カイは不貞腐れたように黙っている。
「行こう。」
ムツがそう言って歩き出す。それに続くようにルナが歩き、カイもそれに付いて歩き出す。
◇ ◇
教会軍の行軍が始まる頃には陽が傾き始めていた。
ゴドフリーは馬車に乗ると再び悪魔の姿に戻るとカーテンを閉め、考え事を始める。
間隔を開けて教会軍が進軍する。
その時、ゴドフリーの乗る馬車とそれを守る護衛に向かって矢が飛ぶ。矢は馬車を引く馬と護衛兵の喉元に突き刺さる。馬に刺さった矢に塗られた麻酔薬はすぐにその効果を発揮し馬車が止まる。
「何事だ!!」
馬車の中から声がして慌てて残りの衛兵が周囲を見ると、3人の獣人が弓を構えているのが見える。
「いたぞ!!」
衛兵の1人が叫び、残った衛兵達は一斉に3人の獣人を追いかける。
この瞬間、止まった馬車を守る者が周囲からいなくなる。作戦は完璧に実行された。
「今だ!!」
四方から新たに獣人が現れ馬車に殺到する。いける、あとは馬車にいる枢機卿を刺すだけだ、コウは無意識にそう思う。その時、馬車の扉が開かれ、枢機卿本人が出てくる。しかし、その姿はコウの想像した太った老人ではなく1匹の悪魔だった。
「フン!!」
しかし、関係ないとばかりにコウはゴドフリーに向かって剣を振り下ろす。ガキンという音がして触手のような腕が剣を受け止める。その奥で他の仲間も剣を振りかぶっているのが見える。
「獣人ごときが!!」
そう言うと悪魔は触手を振り回す。
瞬間、二人の仲間の胸元を触手の先端が貫く。2人の仲間は絶命し、残るはコウともう一人の仲間の2人となる。
コウは今度は剣を突き立てるように伸ばすが避けられてしまう。続いて触手が迫りコウはそれを何とか躱す。しかしもう1人の仲間は避けきれずに触手の直撃を受け絶命する。
「、、、くっ!!」
再び触手が迫りコウは死を覚悟する。
その時、馬車の状況に気付いた教会軍の兵が馬車に駆け寄ってくるのが見える。
触手がコウを貫くことは無く、いつの間にかゴドフリーの姿がなくなる。コウを教会軍が囲む。コウは再び絶体絶命の状況へ陥る。
「悪魔の姿を見せる訳にはいかんからな。」
そう言って、ゴドフリーはコウを囲む教会軍を馬車の中から見るのだった。
◆ ◆
カイ、ムツ、ルナの3人は戦線を離脱し西へと走る。
追ってくる教会軍の姿はどんどん小さくなっていき、最終的には見えなくなが、それでも3人は走り続ける。突如、カイが方向を北に変える。
「カイ!!」
ムツが叫ぶがカイは止まらない。ルナが一瞬、カイを追おうとする。
その時、ムツの手がルナの手を握る。
ルナがムツを見ると、ムツは静かに首を振る。
2人はそのまま西へと走り去っていく。その後ろ姿をカイは立ち止まって見つめる。
「ムツ、ルナを頼んだぞ。」
カイはそう呟くと1人北へと走っていくのだった。
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