侵略者 ⑩
一夜明け、大星山の麓には再び続々と軍船が押し寄せる。
先発組には6人の副隊長の率いる6000の兵が、後発組にはドーリー率いる6000の兵が振り分けられる。先に麓に到着した副隊長達は各々が大星山攻略に適したと思うルートより一斉に攻略を開始する。教会軍としては6方向からの同時並行の攻撃により敵の分散を目論んでいたが、結果は昨日と同じだった。無策に近い突撃はいたずらに兵の数を減らす一方であった。
先発組の一斉攻勢が始まって、しばらくしてからドーリーら後発組が麓へと到着した。ドーリーが兵の確認をしていると黒装束で深くフードを被った長身の人物がいることに気づく。その人物がドーリーから顔を隠したように感じ不審に思ったドーリーは警戒しながらその人物に近づくと声をかける。
「後発組の指揮を任されている枢機卿親衛隊のドーリーと申す。其方はどの部隊に配属されているのか。」
フードの人物は何も言わずに一瞬の沈黙が流れる。
その人物がスッとフードに手をかけフードを取ると、その下からはドーリーの上司であるヴァックスが現れる。
「ヴァックス様!? 何故こちらに? 今回の戦闘には参加されないはずでは?」
ドーリーは慌てて膝を付き、いつの間にか兵士に紛れ込んでいたヴァックスに質問する。
「枢機卿猊下の御沙汰だ。」
ヴァックスは何食わぬ顔でそう言うと再びフードを深くかぶる。
「今回の戦闘では自由にやらせてもらう。お前は自分の役目に集中しろ。よいか。」
「ハッ!!」
ヴァックスの指示にドーリーは跪いて返事するのだった。
再びドーリーが自軍の確認に戻ると、大星山の方からチラホラ逃亡してくる教会軍が出てきた。彼らは先発組の惨状から逃れてきた者達であった。ドーリーは彼らを呼び止め先発組の状況を知る。しかし、ドーリーは逃亡兵を後発組に参加させるのみで、決して先発組の救出などは行わなかった。
「まだだ。まだ早い。」
ドーリーは小さく呟くと目の前に広がる霧のかかる大星山下部の針葉樹林を睨むのだった。
◇ ◇
結局ドーリーが進軍を開始したのは昼前になり霧が晴れてからだった。
ドーリーは軍を縦列に整列させ視界のハッキリとした針葉樹林を進ませることで足元に張り巡らされた落とし穴の被害を避けることに成功した。針葉樹林を無傷で通過したドーリー率いる後発組は続いて、昨日大被害を引き起こした芝生に途中で回収してきた海水をばら撒く。敷かれた油の上を海水が覆い、火矢が飛んできても火が燃え広がることは無く、ここでも後発組は被害を免れた。
「ここまでは順調だな。」
慎重な進軍に時間を取られて陽は既に傾き始めている。ドーリーは依然その数を減らしていない教会軍を見るが、すぐに厳しい視線を上に向ける。真上には、まさに自分達に落とすためと思われる大岩が用意されているのが見える。それを睨むと、ドーリーは大きく息を吸う。
「突撃!!」
ドーリーの声が響き渡り、喚声と共に6000の兵が一斉に大星山の斜面を駆け上がり始める。ドーリーに、もはや策は無かった。シンプルな突撃。数での圧倒。それのみである。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
そしてドーリー自身も剣を握りしめてそれに続くのだった。
転がり、迫りくる大岩や丸太。斜面の上部に行くと敵による射撃も始まった。それらを搔い潜り、仲間の屍を越えてひたすら斜面を上り続ける。教会軍はその数を多く減らしながらも遂に斜面を登りきる。斜面を登りきると敵は後退していき、その先には敵の本陣と思われる集落が見えた。
「進めぇぇぇ!!」
ドーリーは枯れ果てた声で叫ぶ。
遂に見えた敵の陣に教会軍は浮足立ち、殺到する。
瞬間、足元が不安定になり地面に沈み込む。
細かな砂に見えた足元は、実は水を含んだ流砂の泥沼だった。兵士たちの足はドンドン沈んでいき、もがけばもがくほど深みにはまっていく。沈みゆく兵士達は表情に絶望を湛え仲間に手を伸ばす。それは最悪の事態を引き起こす。つかまれた兵士達も流砂へと巻き込まれる。さらに敵の陣より矢が飛んでくる。こちらから矢を射ても届かないはずなのに、敵は弓の名手が揃っているのか問題なくこちらまで矢が届く。
「やはり、まだ罠はあったか。」
ドーリーは悔し気に歯を食いしばると、流砂に嵌った仲間を見捨て、残った教会軍を引き連れ流砂を避けるように迂回を始める。
その数は既に2000にまで減っていた。
流砂についてはYoutubeで「流砂 抜け出す」や「泥沼 抜け出す」で検索をかけるとディスカバリーチャンネルの流砂に関する動画が出てくると思います。




