侵略者 ②
大地に大軍の足音が響き渡る。
ドミヌス帝国国教会枢機卿ゴドフリーは枢機卿親衛隊の本隊、1000の兵に加えて、帝国北部の教会軍を集結させ、その数は約2万人にも及んだ。彼らはドミヌス帝国北西部、霧の森と北の海が接している草原にて整列した。その中には、かつて霧の森によって獣人を逃してしまった因縁を持つドーリーの姿もある。そんなドーリーに枢機卿親衛隊隊長であるヴァックスが声をかける。
「ドーリー副隊長、まずお主が手勢を率いて偵察をして来い。もし住人がいれば、多少の戦闘になっても構わん。」
「ハッ、承りました。」
ドーリーが返事をするとヴァックスは感情のない顔で頷くと音もなく去っていく。
ドーリーは恐ろしく長身の上司を見送ると自分の手勢100人を連れて霧の森の手前まで進軍していく。そこには小舟が用意されている。ドーリーは霧の森に入ることの危険性を知っているため、霧の森を避け陸沿いに小舟をこぐことで大星山に向かおうと考えていた。
「出発だ。決して陸から離れるな!! 目指すは大星山の麓だ!! 行くぞ!!」
ドーリーの号令と共に小舟が海に向けて漕ぎ出していく。
しかし、霧の森と同様、すぐにドーリー達は深い霧に飲まれ周囲が見えなくなる。5メートル先すら見えない霧の中でドーリーはひたすら前に船を漕ぎ続けるよう声を出し続ける。
「進むしかない!! 先陣の栄誉だ。何があっても引き返すことは許さん。」
歯を食いしばるようにしてドーリーは小さく呟くのだった。
◇ ◇
結果としてドーリーは成功した。
漕ぎ出して数時間、突如として霧が晴れ、目の前には大星山がそびえたっていた。
ドーリー達は上陸できそうな場所を見つけ、そこで隊列を組む。100人いた兵は90人に減っていた。ドーリーは10人、つまり小舟一隻は霧の前に引き返したのだと判断した。
「これより大星山の偵察を行う。枢機卿猊下によれば先日のオーロラの元凶がいるそうだ。心して挑め。」
ドーリーの号令と共に続々と彼の部下が大星山、天狼族の住処へと足を踏み入れていく。
そんなドーリー達の様子を小高い岩影から一人の天狼族の青年が見ていた。
◆ ◆
「ローズさん!! 北の麓に人間の軍勢が上陸してました!! 全員が武装をしています。」
ドーリー達を見ていた天狼族の青年、ムツは急いで集落に引き返し、ローズのもとへ報告をする。
「そうか。数はどのくらいだ?」
ローズは落ち着いた様子でムツに返事をする。
「確認した範囲では100人くらいです!!」
「うむ。わかった。ムツ、今すぐ皆に武装して集まるよう言ってくれ。」
「ハイッ!!」
慌てて出ていくムツを見送ると、ローズはドカッとその場に座り込む。
「もうか。オーロラの夜から3日と経っていないが、早いな。まだオドは帰っていないが、仕方がない。」
ローズは暫く目を閉じて瞑想すると立ち上がり、大星山の山頂に一礼すると家を出て皆の集合する集落の中央広場へと向かうのだった。
◇ ◇
ローズが中央広場に着くころには、既に皆が武装して集合していた。
天狼族は総数で100人程度の少数民族ではあるが、皆が揃って武装をして整列しているのは壮観だった。天狼族は男女間の身体能力的な格差が殆どないため、狩りのローテーションも男女関係なく振り分けられている。その為、広場にも男女問わず皆が武装をして集まっている。
「ムツによれば、敵は100人程度、北の麓より上陸し我らが大星山を登っているそうだ。我らの大星山に足を踏み入れたこと、その身をもって償わせてやろう!!」
ローズが叫ぶとそれに応えるように雄たけびが上がる。
「コウを中心に40名が東側、タージを中心40名が西側より北の麓に向かって進め。年長の者は儂と共に集落の防衛をする。」
集まった面々はローズの指示により3手に分かれて、それぞれのリーダーに従って隊列を組む。
ローズはタージとコウを呼び寄せると細かい指示を出す。
「いいか。“仕掛け”は出来るだけ使うな。使うにしても最後の最後だ。基本的には高所からの弓で対応しろ。だが、不測の事態にはお前達に任せる。せいぜい100人程度の敵だ。被害を出さないことを中央に戦え。」
ローズの言葉にタージとコウは頷くと、それぞれの手勢を率いて集落を出発する。
「天狼王様、彼らに危機が迫るのなら、どうか御加護を。」
ローズはそっと呟き、天を仰いだ。
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