黒き影(閑話)
闇夜に紛れ、移動する集団がいる。
彼らはドミヌス帝国帝都の北東、大きな湖の畔にある小さな祠のような教会に集まる。
そこにいるものは一名を除き全員が黒装束を纏っており、完全に夜の闇に紛れていた。ザッ!!という足音と共に黒装束達は整列し、祠に向かって道を作るように2列になる。その間を禍々しい赤い光を発する石板を持った人物が歩く。
「フフフ。ついに、ついに、この日が来たのだ!!」
ドミヌス帝国国教会の枢機卿たるゴドフリーはその顔を醜悪に歪めながら祠に向かって歩いていく。
黒装束を纏い整列しているドーリーにはゴドフリーの顔は暗くてよく見えなかったが、まるで怪物や悪魔の笑顔に見えた。しかし、それ以上に、ゴドフリーの発する人ならざるオーラに圧倒されていた。
ゴドフリーが祠に入ると、黒装束の枢機卿親衛隊は祠を守るように警戒態勢を整えるのだった。
祠は六角形の形をした小さな密室となっており、1つだけある窓は湖の方角に向いている。ゴドフリーは祠に入り人目が及ばなくなると、ゆっくりと目を閉じる。
瞬間、ゴドフリーの身体は溶けるように暗い煙となり、その中から一匹の悪魔が姿を現す。筋骨隆々とした身体に赤い肌、瞳はギラギラと燃えており、その腕には魔王崇拝を表す刺青が彫られている。
「我らが王よ。復活の時です。闇がこの湖に満ちたなら、お姿をお見せください。」
悪魔となったゴドフリーはもはや爛々と赤い光を放つ石板を湖の方に向けると古代の呪文を唱えだす。
すると、石板の発する光は流れるように湖へと溶けだしていく。次第に、最初は夜空の星や月の光を映していた湖は、ゴドフリーのいる祠の近くから光を吸い込むかのような暗黒色に変化していき、それはどんどん湖面全体へと広がっていく。
「フフフ、ハハハハハ。」
ゴドフリーが自らの主の復活を確信しかけた瞬間、湖の先に見える夜空で一条の光の帯が輝き出す。緑や赤、黄、青などその色を変化させる光の帯はみるみるうちに夜空に広がっていく。
それに伴い、暗黒色に染まっていた湖面にも変化が現れる。光の帯の広がりに続くように、湖面が再び夜空とそこに浮かぶ星や月、大星山からのオーロラを映したのだ。そして、オーロラがゴドフリーのいる祠の上空に差し掛かったその時、ゴドフリーの手の中で石板は砕け散った。
「リィィィオォォォォ!!」
ゴドフリーが叫ぶ。
「お前は今回も我らの邪魔建てをするのかぁぁぁ!!」
ゴドフリーは怒りに震え、もはや人間の姿を偽るのも忘れて勢いよく祠の扉を開ける。
「今すぐ出立だ!!」
◇ ◇ ◇
それと時を同じくして、大星山の天狼族の集落では、天狼族の面々が真上に広がるオーロラを見上げていた。
彼らがオーロラを見るのは始めてだが、オーロラは天狼王の出現や加護のモチーフとして長く天狼伝説として語り継がれてきた。信心深い何人か者は山頂に向かって既に礼拝を始めていた。
「見ろ、兄貴。やはりオドは運命の子だったんだ。」
タージはオーロラを見上げるローズに声を掛けるが、返事はない。
「兄貴、やはりこの指輪は兄貴かオドに、、、」
タージが言葉を続けると、ローズがそれを制するように手を向ける。
「わかった。」
ローズはたった一言、それだけ発する。
しかし、タージはその言葉から確かにローズの葛藤や苦悩、そして覚悟を感じ取った。
「あぁ。それでこそ、俺の自慢の兄貴だよ。」
タージもそれだけ言ってローズの肩を叩くと、二人で夜空のオーロラを眺めるのだった。




