剣契(後) ⑦
オドは二つの山頂の間にある谷まで下ると、上祭壇のある西側の山頂を見上げる。
山頂は暗く厚い雲に覆われ見えず、ときおり青白い雷の光と共に雷鳴が響き渡る。オドは谷の一番下で人が入れるサイズの窪みを見つけ、天候のこともあり、そこで休息をとることにした。
「まだまだ、これから。」
思えば、下祭壇で瞑想に入る前から食事も睡眠もあまり取れていなかったからか、オドは残り少ない食料を食べきると、その場ですぐに寝入ってしまう。窪みはオドを外の世界から守り、オドは泥のように眠る。
そんなオドの姿を少し離れた岩陰から一匹の大鷲が見ていた。大鷲は低く喉を鳴らすと、岩場から飛び立ち、そのまま遥か南の方へと飛び去っていくのだった。
「、、、んん。」
オドが目覚めると外は寝る前の曇天が噓のように晴れ渡っていた。
外に出てオドは久しぶりに陽の光を浴びる。
太陽は東の空に浮かび、目の前に広がる世界を照らしている。見上げた山頂は冷たい青い空の中でその雄姿を湛えていた。オドは気合を入れ直し、山を登り始めるのだった。
山頂に近づく程に斜面は急になり、岩肌は固くなる。
もはや登山道はなく、オドは戦槌の尖面を突き刺して山を登っていく。オドが山頂に手をかける頃には陽は既に西に傾き始めていた。
「ふっ!!」
オドは掌に力を入れ、一気に山頂に身体を引き上げる。
そして、オドは遂に世界で最も高い場所に辿り着いた。
「はあぁぁぁ。」
大きく息を吐いて、オドは辿りついた山頂を見渡す。
誰もいない。
大地に足を着くものの誰よりも高い場所に、オドは立っている。
山頂は皿のように中心に向かって浅く凹むような形をしている。
長く雨が降っていたためか山頂には水が溜まっている。山頂は風一つ吹かず、波のない水面は鏡のように雲すらも置き去りにした高さにある空の青を反射し、映している。
「、、、、。」
幻想的な光景にオドは息を吞んで見入ってしまう。空と水面の色は徐々にその色を変えていき、水色に、白に、淡い桃色に、そして燃えるようなオレンジ色にその景色を移す。夕暮れだ。その間、オドは一歩も動けずにただその場に立ち尽くす。
遂に陽が沈み夜が訪れる。山頂の水面は満点に広がる星空を映す。
オドは水に足を踏み入れるとこの素晴らしい景色が崩れてしまうように感じて、儀式の場である山頂の中心に踏み入れられなかった。
東の空に月が昇り、続いて大星天狼星も姿を現す。
ふいに何処からか強い風が吹き、水面が揺れる。オドが波の起きた水面を見ると、映った月明かりが波に揺らされオドと山頂の中心を繋ぐ光の道ができている。
オドは導かれるように水に足を踏み入れ、光の道を進む。
そして、、、中心に辿り着く。
空気が澄んでいるのと月が近いからか、視界ははっきりし明るかった。足は水に浸っているが気にならない。オドは大きく深呼吸をすると、ゆっくりと『コールドビート』を抜く。
剣を構えて、もう一度深呼吸をする。
オドはゆっくりと剣舞を始める。
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