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剣契(後) ⑥



少し遡って、オドが儀式に出立して3日目の朝。


天狼族の集落ではコウとローズが心配そうに大星山の頂上部分を見上げている。

昨日までは晴れ渡っていた大星山上空だが、今朝になってから厚い雲に覆われいる。雲は暗い灰色をしており、ときおりゴロゴロと雷鳴も響いている。


「オドはまだ瞑想をしてるかの。」


山頂を見上げる二人の背後から声が掛けられる。


「二人ともそんなに心配性だったか? 兄貴、孫が可愛いのは分かるが程々にな。」


現在の天狼族のグランであるタージがからかうように笑う。


「おはようございます!」


タージはコウの挨拶に軽く手を振って答えると、ローズに話しかける。


「兄貴、オドの剣契は上手くいくかね?」


「、、、それはどういう意味だ?」


弟の問いかけにローズは少しイラついたように返す。


「そのままの意味だよ、兄貴。オドがキーンのように魔剣を持ち帰るまで行かずとも、せめて魔力を宿して帰ってくれば当分の間は天狼族も安泰だ。俺も早く兄貴のようにこの指輪を取りたいんだよ。」


そういってタージはヒラヒラと左手を振り自らの人差し指にはめられた指輪を強調する。その指輪は額ひたいに♦《ダイヤ》のマークのある狼の頭部を模している。この指輪はシリウス・リングと呼ばれるもので、天狼族のグランによって代々引き継がれてきたものである。


「本来、これはまだ兄貴かキーンが持っているはずのものだ。兄貴にこの指輪を持つ気がないなら指輪をオドに引き継ぐのが筋だろう。俺にこの指輪は重いよ。」


「タージッ!!」


思わずローズは声を荒げる。


「なんだよ、兄貴。この指輪を俺に渡したのは兄貴自身だろう。違うか?」


タージの言葉にローズは黙り込んでしまう。

実は前回のグランの引継ぎには、ローズが下山隊を派遣し、結果的に将来、天狼族の長グランになるべき人物を失ってしまった責任として自らグランの座を降りたという経緯がある。そのためローズは弟であるタージに多少の罪悪感を抱いていた。


「タージ。お前も10年強もグランをやっていればわかるだろう。その責任の重さが。お前自身たった今“指輪が重い”と言ったじゃないか。そんなものをまだ12歳のオドに渡すつもりか?」


ローズがタージに反論する。


「言っただろう。兄貴が再びグランになる気がないなら俺はそうするつもりだ。」


しかし、タージもまたローズの目を見てハッキリとそう言い切る。


「もういい。」


そういってローズは自分の家に引き返してしまう。そんな兄の姿にタージは舌打ちをするのだった。



◆ ◆ ◆



その頃、ドミヌス帝国の首都である帝都はかつてない暴風雨が続いていた。


帝都の中でも特に獣人の多い貧困層の居住する地域は大きな被害を被っていたが、そんなことは関係なく今日も帝国国教会枢機卿ゴドフリーは大聖堂で漆黒の石板を眺めていた。一発の雷鳴が聖堂内に響き渡る。


「む、、、。」


雷鳴に気を取られたゴドフリーが再び石板を見ると、どこか石板の発する赤い光が弱まったように感じた。


「気のせいか。こんな時に縁起の悪い。これからの全てがこの石板にかかっているんだ。」


そういってゴドフリーは石板を高々と掲げる。


「あと少しですぞ。復活の時は、もうすぐそこですぞ。」


ゴドフリーはまるでここにはいない誰かに話しかけるように言う。その瞳は石板の発する光と同じく、赤く染まっていた。


誰もいない大広間に笑い声だけが響いていた。





ここまでご覧になって頂きありがとうございます。

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