剣契(前) ⑤
オドはとりあえず角鹿を探して洞窟内を探索することにする。
何回か戦闘をしながら進んでいく中でオドはいくつかのことに気付いた。
最初のウサギ同様に、襲い掛かってくる生物はみな緑色のオーラを纏い、倒されると緑色の光となって消滅すること。その中でも纏っているオーラの輝きと生物の強さは比例すること。倒されたときに消滅と共に牙や毛皮、角、魔力の宿る結晶のようなものなどのアイテムを残していく場合があること。そして何より襲ってくる生物が動物であれ、植物であれ、それらが“生きていない”こと。
オドは父親のキーン同様、非常に鋭い感性を持っている。オドはこれまで狩りにおいて相手の息遣いや筋肉の硬直、心臓の拍動などの情報をもとに感覚的に読み取って戦闘をしていたが、洞窟で対面した生物相手にはそれが全くつかめなかった。
つまり洞窟内にいる敵は、生物ではなく魔獣であった。
魔獣というものをオドは知らないが直感的に自分が対峙しているものが何か普通ではないものだということには気づいていた。結局オドは丸一日かけて洞窟内を探索したが、遂に角鹿を見ることはできなかった。
「おかえり、オド。角鹿は見つかった?」
オドが集落に戻るとルナが出迎えてくれる。
「ただいま、ルナねえ。見つからなかったよ。」
オドが少し落ち込んだように答えるとルナはオドの肩を叩いて笑う。
「それが普通だよ。カイとムツなんて2人なのに1週間半はかかったんだから。私は海蛇を探しに行って6日目に見つけたの。」
そういってルナはオドの紫金の髪を軽く撫でる。
オドの見上げるルナの横顔は整っており、月明かりに照らされて美しく映えている。オドはカイとムツが必死になって剣の稽古をする気持ちが何となくわかったような気がした。
「それじゃ、また明日。」
集落の中央まで来てオドはルナは分かれ、帰路に就く。
「ただいまー。」
オドが家に帰るとローズが木箱を抱えて出迎えてくれる。
「おお、おかえり。ちょうどいい所だった。」
オドが首を傾げると、ローズが木箱を開いてオドに見せる。
そこに入っているのは一振りの戦槌だった。柄は木製で大体70cmほどの長さをしており、その先端に丸い打撃面と尖った角を持つ金槌が取り付けられている。
「これはタマモが昔使っていた武器でな。昨日オドと話して思い出したんだ。ちゃんと取っておいて良かった。洞窟に行っているんだろう、これを使ってみたらどうだい。」
そういってローズは戦槌を取り出すとオドに手渡す。戦槌を受け取ったオドが試しに握ってみると柄つかのしっとりとした感触と共に武器らしい冷たさと重みが手に伝わる。
「ありがとう、使ってみるよ。」
オドは数回その場で母の戦槌を揺らすとローズに笑顔を向けるのだった。
◆
翌日もオドは角鹿を探しに洞窟を訪れる。
「ん、、、?」
洞窟に入ってすぐにオドは違和感を覚えた。
明らかに昨日と洞窟の構造が違うのだ。昨日は道が続いていた場所には壁があり、昨日とは違う場所に道がある。洞窟は昨日とはその姿を変えてオドを出迎えていた。
「進むしかない、、、。」
オドは覚悟を決めて洞窟の奥へと進んでいく。
タマモの戦槌は驚くほどオドの手に馴染み、短剣と弓のみで戦っていた昨日とは段違いに戦闘が楽になった。そもそも剣契の際に天狼族の全員がこの洞窟での冒険をするくらいの難易度のため対峙する魔獣はオドにとっては脅威といえるものではない。とはいえ普段では経験しないような戦闘の連続にオドの戦闘経験は格段に上がっていた。
「っは!!」
オドがツル型の植物の魔獣を戦槌で撃退する。
オドは光となり消滅する光景を見ている視界の端に緑色の角を生やした鹿が駆けているのを捉える。ハッとして目を向けると既にそこに鹿の姿はない。
「む。」
オドは悔しそうに口を膨らませると鹿が駆けて行った方向に走るが、そこに角鹿の姿はなかった。
結局その日に鹿を見つけることはできず、オドは陽が沈む前に帰路に着くことにした。
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