剣契(前) ①
大星山の麓近く、切り立った断崖絶壁の急斜面に飛び出した岩場に1人の少年が立っている。
長髪で細身の少年は手に弓と短剣を持ち、背中には少年には少し大きすぎる剣を、腰には矢袋を装備している。彼は突き出た岩の先端に立ち、長く伸びた前髪から覗く瞳は自然に耳を傾けるように閉じられている。
しばらく経って、少年は口角を上げて微笑むと、そっと瞳を開ける。
少年の身体がぐらりと傾く。そのまま斜面の方向に向かって身体を傾けて落下するかに見えたが、少年は寸でのところでに足を踏み出し、そのまま真下に向かって斜面を走り出す。少年は軽々と斜面を跳躍しながら瞬く間に移動し、100メートルほど降りたところで、まるで知っていたかのようにお目当ての獲物を見つける。
「いた。」
少年は走りながら矢を構えると急斜面を沿うように登る鹿に向かって矢を放つ。
鈍い音と共に、放たれた矢は鹿の脳天を貫き、獲物は一撃で絶命する。
鹿の身体が力なく傾向いていき、斜面の下へと落下しそうになるが、少年により再び放たれた矢が鹿の首を貫き岩にまで突き刺さることで固定される。少年は鹿のもとまで降りると胸元から取り出した笛を吹いた。
「おーい。待たせたなー。」
少年が笛を鳴らしてから少しのち二人の天狼族の青年がオドと呼ばれた少年のもとまで岩場を降りてくる。少年は手を振って2人を迎える。
「カイ、ムツ。こっちこっち。」
少年は双子で瓜二つの容姿をしている兄貴分達を呼ぶと、自らの仕留めた獲物を見せ、胸を張る。カイとムツの二人は少年の見せる子供っぽい仕草を笑いながら優しく声をかける。
「流石だな。今日もお前が一番の大捕り物じゃないか? なぁムツ。」
「そうだな。俺らも今日はヤマウサギを3匹仕留めたけど、1人で鹿1匹か、、。今日も敵わなかったな。」
2人が少年を褒めると、まんざらでも無さそうに少年がはにかむ。
「当然だよ!!」
2人の青年は少年の仕留めた鹿の手足を縄で縛る木の棒に括り付けると二人で鹿を抱える。
代わりに少年は2人の青年が持っていたヤマウサギ3匹を持つと3人で岩場を登っていくのだった。
この少年こそ約11年前、星の降る夜に誕生した運命の子、キーンとタマモの息子、オド・シリウスである。
「そういえばオドは儀式にはどっちの剣を持っていくんだ?」
3人で岩場を登り集落に向かって歩いているとカイがおもむろに尋ねる。儀式とは天狼族が成人に際して経験する剣契けんきつという儀式であり、この剣契という儀式は読んで字のごとく剣に対して契を結ぶということをするもので、通常はみな普段の狩りで使用している短剣を使うのが一般的である。しかし、オドは幼少より肌身離さず持っているキーンの形見の剣があるためオドにとってもこれは悩ましい問題であった。
「まだ迷っているんだ。できれば形見の剣にしたいけど、契ちぎりは切れてるとはいえ本来はお父さんと契約したものだから、どうしようかなと思って。それに普段お世話になってるのはこっちの短剣だからね。」
ムツが少し考えてるように口を開く。
「そうだな、、、俺もカイも魔力が付与できるかもしれないから普段使いの短剣にしたけど、狩りに魔力の要らないオドならお父さんの剣でもいいかもな。」
ムツが言うように、剣契には稀に剣に自分の魔力を流せるようになるケースがある。
キーンの持つ剣が魔剣であったのも剣契の効果によるものであるが、これは本当に稀なケースであるといえる。オドはもしかしたら剣契の際に自分にも魔力が宿るのではないかと密かに期待しているため、より判断に迷っていた。
「まあ最後はオド自身が決めないとな、、、おっ、そろそろ集落に着くぞ。今晩は鹿汁かな。晩飯が楽しみだ。」
夕日に照らされる天狼族の集落が遠目に見え、3人の足はにわかに早まるのだった。
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