運命の子 ⑨
大星山の麓、ガサガサという音と共に霧に囲まれた薄暗い森の中から獣人が続々と出てくる。
「抜けたー!!」
誰からともなく歓声が上がり、コウ達天狼族の面々は互いに生存と再会の喜びを分かち合う。
コウ達がフールの街の宿を飛び出してから既に半日以上が経過しており、コウを含め全員が疲労困憊している。見上げると大星山とその上に広がる夜空に星々が輝いており、すっかり深夜である。コウ達はこの場でキーンを待ちつつ一晩休息し明日以降に天狼族の集落に向けて大星山を登ることにして、夜営の準備を始めるのであった。
夜明けを迎える。コウ達も朝日を浴びテントから出てくる。
「お疲れ。キーンさんは?」
コウは交代で見張りをしている仲間にキーンが来たかを尋ねるが、仲間は首を横に振る。
「うーん、、、みんな、集まってくれ!!」
コウは少し悩み、他の仲間を呼び寄せる。
「キーンさんと合流できていないんだが、みんなはどう思う?」
コウが全員にキーンについて意見を求めると大まかに同じような回答が返ってきた。
一つ、キーンが奴らに負けるようなことは、万が一にも無いこと。
一つ、キーンが霧の森で遭難する可能性も極めて低いこと。
「そうだよなぁ」
コウは皆の意見に同調しつつ考え込む。
「もしかしたら本当に俺たちを追い抜いて先に大星山を登っているのかもな」
コウが思いつく最後の可能性を述べると、仲間たちもコウの意見に同調する。
結局、コウ達はキーンと自分たちは入れ違いになってしまったと考え、大星山を登ることにしたのだった。
「クッ…」
コウ達が大星山の登山を決めた頃、キーンは左胸の上部を手で抑えながら霧の森の中を歩いていた。
キーンの抑える手の下は大量の血が滲んでおり、キーンは歩くことすら苦しそうにしている。キーンが霧の森に逃げ込んだ際には傷など一切負っていなかった為、この傷は森の中で負ったものである。
◆
「作戦成功ですね。」
霧の森への突入に成功したキーンは小さく微笑む。
キーンにとって対面した枢機卿親衛隊は正直、敵ではなかったが、10人の仲間達を欠けなく生還させるという今までにはなかった目的を達成できたという安堵にキーンはホッと息を吐く。
後は大星山麓で彼らと合流して山を登るだけだと気合を入れ直してキーンは歩みを進めるのであった。
「??」
しばらく歩いていると突如背後に妙な感覚が感じられ、キーンは後ろを振り向く。
しかし、そこには何もなく霧が立ち込めるばかりである。キーンが歩き出そうと再び前を向いた瞬間、自らの左胸に激痛が走る。キーンがみると一本の矢が左鎖骨の真下、大胸筋の辺りに深々と突き刺さっている。
「グッ」
キーンは感覚的に鏃に毒が塗られていることを感知し右手で突き刺さった矢を引き抜く。
錨型をした鏃は筋肉を引き裂き、再びキーンは激痛に襲われる。
そんな最中でもキーンは冷静に持っている水筒に入った水で傷口を洗い、毒を血液と共に押し出すように傷口を何度も抓もむ。
キーンは毒を概ね出し切ると、朦朧とする意識の中で自分のコートを破り、包帯を傷口に当てると破いたコートでそれを縛り固定する。
キーンは何とか立ち上がり周囲を見渡す。目の前には一面の霧と光が僅かしか入らない程の深い森が広がっているのみであった。
「まさに絶体絶命だな…。」
キーンはこの一連の出来事によって完全に進んできた方角を失う。それは霧の森で最もしてはならないことであり、すなわち遭難を意味する。
「それでも、進むしかないな、、、。」
キーンはそう呟くと、自らもどの方角かわからない方向へと歩いていくのであった。
◆
コウ達は彼らが大星山を登り始めてから丸1日間をかけて天狼族の集落に到着した。
「えぇ!! キーンさんがまだ帰還してない!?」
コウは驚いたように彼らを出迎えた天狼族の長であるローズに対し声を上げる。
コウ達はローズに下山隊に起きた一連の出来事を伝える。ローズはコウ達を労うと、集落に住む天狼族の皆を集める。
「現在、キーンの所在が不明である。よって、一日様子を見たのち、帰還がなければキーンの捜索隊を派遣する。今回下山したものを除く男20名のうち10名を大星山周辺、残りの10名をフールの街周辺の捜索に充てる。よいか!!」
ローズの指示に集まった一同は頷くのであった。
「タマモ、お主は心配せずにお腹の子と共に待っておれ、、、。キーンは、お主の旦那はそう軟弱な奴ではないよ。」
ローズは振り返るとタマモにそう告げる。
「わかっているわ、お父さん。キーンは私に必ず帰るといったもの。彼は約束を破るような人じゃないもの。」
タマモは真っ直ぐとローズを見つめ返すと、そう答えるのであった。
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