熱狂のあとに
オーバーフロー終結から1週間。
冒険者ギルドを囲っていたバリケードは解体され、徐々にヴィルトゥスの街に日常が戻りつつあった。
丘の上の避難生活から解放された街の人々は、2週間弱振りに帰る家や職場の復旧に取り掛かっている。冒険者達はと言うと、未だ要警戒としてダンジョンは封鎖されているせいでダンジョン探索には行けていないが、冒険者ギルドに張り出された市民たちからの大量の依頼を引き受け、忙しそうに街を駆けまわっていた。
街の人々も、冒険者も、当たり前の日常の再来に喜びを噛みしめている。
タイムスにて3日後からダンジョンが解放されるというニュースもあり、ヴィルトゥスの街は活気に溢れていた。
今まで通りの日々が帰ってくる。
◆ ◆
しかし、以前と明らかに違うこともある。
冒険者ギルドを出たオドは沢山の視線を浴びながら大通りを歩く。
オド・カノプスの名は一晩のうちにヴィルトゥスの街中に知れ渡った。
一躍時の人となったオドに様々な思いのこもった視線が投げかけられる。
好意や憧れ、羨望や好奇心、あまたの視線がオドを捉えて離さない。中には嫉妬や憎悪のような負の感情を宿した視線も投げかけられる。
感覚の鋭すぎるオドは、なるべく周囲の視線を意識しないようにして歩く。
オドが冒険者ギルドに入ると、視線が一気に増える。
あの時に現場にいた冒険者はもちろんのこと、冒険者ギルドの外で戦っていた大規模クランに属する冒険者達もこぞってオドに目を向ける。
様々な感情を宿して。
冒険者ギルドを訪れたオドはライリーのいる執務室へと向かう。
ノックをして、扉を開けると、ライリーとクルツナリックがオドを出迎えてくれる。
「よく来てくれた、オド君。まあ、座ってくれ。」
ライリーに勧められるままにオドがソファに座ると、ライリーとクルツナリックが反対側に座る。
「まずは、オド君。自由都市ヴィルトゥスの盟主として感謝を述べさせてくれ。ありがとう。」
ライリーはそう言ってオドに頭を下げる。
「今回の一件における君の貢献は格別のものだった。心から感謝している。」
「、、、」
オドは何と反応していいか分からず、黙ってしまう。
「オド君、こういう時は“功績には報酬を。”と言えばいいんだよ。」
横で見ていたクルツナリックがオドにそう囁く。
オドがクルツナリックにジト目を向けると、クルツナリックは微笑みを浮かべる。
「“功績には報酬を”、これでお互いスッキリと手が打てるんだ。それに報酬を得たからと言って、名誉や恩が消えてなくなる訳ではないからね。」
オドはクルツナリックの話に少し納得をする。
「功績には報酬を。」
上手く乗せられた感が否めず、オドは渋りながらもそう言う。
「ありがとう、オド君。与えられる限り、君の望むものを渡そう。」
ライリーがそう言って、顔を上げる。
オドは困った表情を浮かべるが、一度手元にある“コールドビート”を眺めて顔を上げる。
「それでは、そこに飾られている黒い剣でお願いします。」
そう言ってオドが指さす先には、“コールドビート”になる前の、キーンが持っていたころの魔剣と瓜二つの姿をした剣が立掛けられている。
「それは、、、」
それは、かつてライリーとキーンが一緒に冒険者をしていた時に造ったものだ。
変わらぬ2人の友情を誓って造られたその剣は、キーンがヴィルトゥスの街を去る1週間前に完成した。
ライリーにとってキーンの餞別である剣を、オドは指さした。
躊躇いの表情を浮かべるライリーにオドは言葉を続ける。
「しかし、条件付きです。僕がライリー様に“コールドビート”を預けている間だけ、その剣を使わせて欲しいんです。」
オドがそう言ってライリーに目を向ける。
ライリーは少し、黙ってから笑いだす。
「ははははは。まさか、オド君に仕返しされるとはね。」
つい3,4ヶ月前に生活費用の為の質として“コールドビート”を出した状況から逆転した立場にライリーが嬉しそうに笑う。
「相分かった。この剣はオド君に託そう。まさか奴の息子にこの剣が渡るとは夢にも思わなかったよ。」
ライリーは黒い剣を取り出すと、机の上に置く。
「この剣の銘は“フィリーア”という。」
オドが“フィリーア”の柄を握ると、金属特有の冷たさが掌に伝わってくる。
オドは“コールドビート”を取り出して、“フィリーア”と並べるように机に置く。
並べられた二振りの剣は、兄弟のように似た姿をしている。
一瞬、“コールドビート”は淡い光を発する。
「認めてくれたかな。」
オドは小さく呟くと、“フィリーア”を鞘にしまう。
ライリーが木箱に“コールドビート”をしまい、硝子の扉を閉じる。
「これで良かったかな?」
「はい。ありがとうございます。」
確認するライリーにオドはそう言って頷く。
「それでは、そろそろ儂の出番かな?」
クルツナリックがそう言ってソファから立ち上がる。
「オド君には今回のオーバーフローの原因調査の状況を話さないといけないからね。ついでに質問にも答えてくれるかな?」
首を傾げるオドにクルツナリックがそう言って笑う。
その後、オドはクルツナリックからオーバーフローの調査状況の報告を受けるのだった。
◆ ◆
「オド君。改めて、ありがとう。」
部屋を出ようとするオドにライリーが声をかける
オドは振り向いてニッコリと微笑む。
「それでは、失礼します。」
執務室を出たオドは新たな剣を抱え、廊下を歩いていくのだった。
階段を降りて2階に出たオドは少しゲンナリした気分になる。
一気に集まる視線に、オドはライリーが街に出る時に正体を隠す理由が何となく理解できたように感じる。
しかし、慣れていかねばと気を取り直し、オドは冒険者ギルドを出る。
眩しく降り注ぐ陽光にオドは少し目を細める。
視界に映るヴィルトゥスは活気を取り戻し、祝福するように暖かな日差しが降り注いでいた。
『シリウス サバイバー:生き残った天狼族の少年は、やがて大陸の覇者となる』第1章:自由都市ヴィルトゥス(前) (完)
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