濁流の中で ⑦
「うーむ。」
ライリーは溜息と共に手に持っている手紙に目を通す。
差出人はヴィルトゥス中心部の一角にあるヴィルトゥス公立図書館の館長であり、前冒険者ギルドマスターでもある人物、ユーイングだった。
「まさに衝撃的、だな。」
ライリーはそう言って手紙を机に置く。
手紙には現在ダンジョンで発生している事象に関するユーイングの見解が書かれていた。
ユーイングもまた街の盟主である冒険者ギルドマスターの前任者であり、5つのダンジョンを制覇した|殿堂冒険者《Hall of Famer》である。彼は冒険者時代のライリーにとってのギルドマスターであり、隠居後は公立図書館長として研究に励みヴィルトゥスの歴史研究における第一人者となっていた。
「しかし、ユーイングさんの言う事だ。信じる他あるまい。」
特別な魔石をドロップする特殊モンスターの相次ぐ出没、出現モンスターの明確な増加、魔力を帯びた地震の発生。これらの事象からユーイングが出した結論は「オーバーフロー発生の予兆」だった。
「わざわざ俺の任期中に起きてくれなくてもいいんだけどな。」
ライリーはそう言って苦笑いを浮かべる。
“オーバーフロー”とは今まで2回しか発生していない、ダンジョンから魔力が溢れ出すことでモンスターがヴィルトゥスの街中にも出現するという事象であり、前々回は資料も残っていないほど昔に発生し一種の都市伝説となっていたが、今から約250年ほど前に前回のオーバーフローが発生したことでこの都市伝説の裏付けが取れた。そして、そのどちらもで街は甚大な被害を受けている。
ライリーが呼び鈴を鳴らす。
「緊急会議だ。各ギルドマスター4名、各支部の支部長7名、主要クランの代表者12名、公立図書館長に召集を要請しろ。それとギルド職員の代表としてダンも呼べ。正午に4階大会議室だ。」
ライリーはメイドにそう命じると、気分転換にと傍らに置いてある剣を持って素振りをしに執務室を後にするのだった。
◆
その頃、オドはグランツの鍛冶工房に到着したところだった。
「ごめんくださーい。」
「おお、オドか。待っておったぞ。」
オドが裏手の工房に入ると、さっそく年老いた熟練ドワーフ鍛冶師グランツ・ホルスが出迎えてくれる。
「こんにちは、パウさんから聞いて来ました。」
「うむ。パウは仕事が早くて助かる。」
そう言うグランツは凝っているのか肩を痛そうに回す。
「どうかしたんですか?」
「なに、張り切って槌を振りすぎただけじゃよ。」
グランツはそう言うとオドを促すように炉の前に座る。
オドがグランツに続いて炉の近くに行くと、グランツが魔石を手に取って見せてくれる。
それはオド達【鷹の爪】が討伐した仮面フクロウからドロップした魔石だった。
「随分と高くついた代物だよ。オドが回収したんだろう?」
グランツに言われてオドが頷く。
「この魔石のおかげで積年の夢が叶うかもしれん。」
「夢、ですか?」
「ああ。儂が12歳で初めて鉄を打ってから60年、鍛冶師としての評価も、栄誉も、富も得てきたが唯一、成し遂げられなかったことがある。それが“魔剣の鋳造”じゃ。」
グランツがそう言って魔石を眺める。
「自発的に魔力を帯びた武器、これは神の領域だとずっと諦めていた。」
グランツは魔石を握りしめる。
「しかし、魔力を貯蔵できる魔石ならば、もしかしたらと思ってしまうのだよ。」
グランツはオドに近くにある椅子に腰かけるように促し、話を続ける。
「魔石には通す魔力の種類との相性がある。その相性は魔石の密度、魔石のサイズ、魔石の色、魔石の透明瞭度、そして、ドロップしたモンスターの特徴で推し量ることができる。オドには最後の部分、この魔石をドロップしたモンスターについて教えてほしんじゃ。」
そう言ってグランツはオドに顔を向ける。
オドはグランツに仮面フクロウの特徴や戦闘の状況を事細かに話して聞かせる。
グランツは時折頷きながらオドの話す内容を残さずメモに書き記す。
「、、、僕の気付いた限りでは大体これくらいです。」
「うむ、ありがとう。とても参考になった。」
オドが一通り話すと、グランツも満足そうにペンを置く。
グランツは立ち上がるとオドに冷たい水を渡してくれる。暑い工房内で飲む水はいつもより美味しく感じる。
「それともう一つ、オドの持っている弓を見せて欲しいんじゃ。」
グランツはそう言って緑鹿の弓が入っているオドのバックに目を向ける。
断る理由がないためオドは弓を取り出してグランツに渡す。グランツはしばらく弓をジッと眺めて観察するが、すぐにオドに返してくれる。
「うん、ありがとう。今回のお礼として、こいつらを用意しておいた。受け取ってくれ。」
グランツはそう言うとトルネード状の鉄矢を新たに48本と専用の矢袋を出してくる。
「ありがとうございます。」
「いやいや、感謝を言うのは儂の方じゃ。オド、ありがとう。」
オドが矢を受け取り、グランツとそんなやり取りを交わす。
その時、地面が大きく振動して再び地震が発生する。
グランツはすぐに炉の扉を閉めて火を消すと、オドに机の下に入るよう言ってから自分も机の下に潜る。
揺れは前回の地震よりも遥かに大きく、長かった。
「、、、収まったか。」
揺れが落ち着いたところでグランツが机の下から出てくる。
幸いなことに工房内にある武器は全て固定されていたため倒れたりすることは無かった。
「昨日に続いてか、珍しい。武器を固定しておいて正解だった。」
グランツが呟き、首を傾げる。
その時、オドは工房の裏手、ダンジョンのある丘側の地面から何かが地下で蠢いているような、地響きが聴こえたような気がしたがグランツに声を掛けられグランツに意識を戻す。
「今日は、長々とすまなかった。オド、本当にありがとう。何か用があったら何時でも来てくれ。」
グランツがそう言ってオドの背中を叩く。
「そう言えば、昨日パウさんのパーティーも同じ魔石を回収したと言っていました。」
ふと思い出してオドがそう言うと、グランツの目に力が宿る。
「そうか、今度はパウを捕まえんとな。それに魔石も買わねば。」
そう言うグランツは子供のようにワクワクとした表情を浮かべる。
「それでは、また。」
オドは一礼をして工房を後にする。
ちょうど昼食時、オドは今日の昼食を模索しながら大通りへと歩いていく。
昼前の道はいつものように活気に溢れ、様々な人々が行きかう、平和な光景そのものだった。
◆(オドがまだグランツの工房にいる頃、、、)
特別会議室に重い空気が流れる。
冒険者ギルド4階、特別会議室にはヴィルトゥスの組織を代表する面々が集まっていた。
突然告げられた得体のしれぬ大災害の予兆に皆等しく黙ってしまう。
「最初の議題はこの事実を市民に伝えるべきか、現実の問題としては住人、特に非戦闘員の避難場所をどうするか、加えて街の冒険者のみでモンスターの対処が仕切れるのか、だね。」
沈黙を破って“狼の牙”代表のクルツナリックが発言する。
「ユーイングさん。実際にオーバーフローが発生するまでの猶予はどれくらいありますか?」
「ライリー、お前にはすまんが全く分からん。明日かもしれんが1ヶ月後かもしれん。ただ、住民の避難場所に関しては最適な場所がある。」
ユーイングの発言に会議室が騒めく。
「それは、どこでしょう?」
「うむ、場所は丘の上だ。前回のオーバーフローに関する記述に丘に逃れた者は被害を免れたとの記述があった。」
「ほう。」
ユーイングの発言にクルツナリックが興味深そうに頷く。
「クルツナリックはもう理解しているようだな。」
ユーイングはかつて冒険者ギルドマスターとして冒険者時代のクルツナリックに向けていたように微笑む。
「ええ。魔力は水に似た動きをするという。地中には水脈のように魔力の流れがあると言われており、イナリ国では龍脈と言われたりしている。恐らくオーバーフローでは魔力は湧き水に似た動きをし、丘と壁に囲まれたヴィルトゥスはお碗に入った水のように魔力の溜まり場となるのでしょうな。」
ユーイングはクルツナリックの答えに同意するように頷く。
「なるほど。」
ライリーはそう言うとうんうんと頷く。
「では避難場所に関しては解決だ。後は、、、」
ライリーが続けようとした瞬間、特別会議室、ひいては冒険者ギルドが大きく揺れ始める。
来るべき災害は、刻一刻と迫っている。
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