ユキ・ニーベルンのある1日 (閑話)
「んん、、」
まだ陽が昇る前の早朝4時、白銀の少女、ユキ・ニーベルンは自室のベットで目を覚ます。
ユキは寝ぼけたまま暫く抱き枕代わりの丸めたブランケットにしがみついてその感触を堪能していたが、起きなければと身体を起こす。ユキは白銀に輝く前髪から覗く目をまだ眠そうに擦ると、大きく伸びをしてから名残惜しそうにベットから出てくる。
「、、、、。」
ユキは言葉を発しないまま部屋に灯りを点けると、布団を整え始める。
一通りのベットメイクを終えると、最後に寝相のせいで少しヨレてしまった抱き枕ブランケットを綺麗に巻き直した。
「、、、、うん、オッケー。」
ユキは綺麗になった自分のベットを見て満足げにそう呟くと、服を着替えて鎧を装備する。
早朝のため外はまだ暗く、部屋にはユキの着替える音だけが響いている。
「いってきます。」
最後に腰に剣を装備して着替えを終えたユキは部屋の灯りを消すと、そう呟いて部屋を後にするのだった。
外に出ると薄っすら東の空が白みつつあるものの、まだ空に沢山の星が瞬いていた。
ユキが部屋を借りているハッタン地区“鯨の目”はヴィルトゥスの中でも富裕層の住む高級住宅街であり、道に人影は全くなく、物音も殆どしない。
そんな誰もいない朝の道を歩く時間をユキは気に入っていた。
「~~♪」
ユキは小さく鼻歌を歌いながらヴィルトゥスの街の中心、冒険者ギルドへと歩いていく。
「おはようございます。」
冒険者ギルドに着いたユキは迷わず2階に上がっていき、さらに3階へと続く階段に向かう。
階段の入り口に立っている衛兵がユキに挨拶をして階段に通し、ユキは薄い表情のまま軽く会釈をしてそれに応える。
階段を登るユキの足音が円柱状の螺旋階段に反響して鳴る。
階段を一番上の4階までのぼり、さらにそこから冒険者ギルドの屋上へと進む。
屋上に出る木製の扉を開けると、ひんやりとした冷たい風がユキを出迎える。
「すー、はー。」
ユキはヴィルトゥスの中心、街全体を見渡す屋上で大きく深呼吸をする。
西の空はまだまだ暗く、東の空は朝日の到来を告げるように薄っすらとしたピンク色に染まっている。
去り行く夜と、来るべき朝のちょうど狭間、ヴィルトゥスの街はまだ静かで灯りもなく、オレンジ色の屋根がぼんやりと佇んでいる。
「~~♪」
ユキはゆっくりと喉を震わせて歌い始めた。
ユキの歌声はまるで魔法ように空気を振動させ、空気の揺らぎを生む。
空気の揺らぎはユキの歌声と共に重なって、朝を迎えるヴィルトゥスの街にゆっくりと広がっていく。
ユキの周りにはいつの間にか緑や赤、黄、青など様々な色をした光球がいくつも集まって群れるように飛んでいる。
「みんな、おはよう。」
そう言って微笑み、再び歌い始める。
小さな光球達はユキの歌に合わせて踊るようにクルクルとその場を漂う。
しばらく歌は続き、遂にクライマックスを迎える。
光球達は規則正しくユキを囲むように回り始めると、最後はユキが首から下げているネックレスに象られたユキの瞳と同じ色をした淡い青色の石に集約して、パッと散るように消えていく。
「すー、はー。」
歌い終わるとユキは歌う前にしたように再び深呼吸をする。
ユキは少し黄昏るように朝日を浴びるヴィルトゥスの街を眺める。
「ふふ、今日もやってる。」
北西の方角を見てユキは小さく呟く。
白銀の髪は朝日に反射するように輝き、ヴィルトゥスの街を眺めるユキの表情は優しい微笑みを湛えていた。
◆
階段を降りて冒険者ギルドの2階に着いたユキはその足でダンのカフェテラスへと向かう。
「おはよう、ユキ。いつものでいいか?」
ユキが店に入るとダンが挨拶をしてくれる。ユキが頷くとニカッっと笑って店の奥へと入っていく。
店はまだ開店前で客はおらず、用意されているテーブルにはユキしかいない。
「お待たせ。」
ダンがお盆に載せていつもの朝食を持ってきてくれる。
ふわふわのフレンチトーストと小瓶に入った蜂蜜シロップに蒸らし途中の紅茶と空のマグカップ。相変わらず美味しそうなユキ御用達のいつもの朝食を前にして口元が綻ぶ。
「ダン、ありがとう。」
「ごゆっくり。」
ユキがそう言うとダンは優しく微笑み、店の奥へと戻っていく。
ユキがしばらく1人で朝食を食べていると、店に従業員の猫人ミアンが入ってくる。
「ユキちゃーん、おはよー。」
「ちゃん付けしないで、ミアン。」
ミアンにそう返すとユキはマグカップに注いだ紅茶を啜る。
紅茶も飲み終わり、ユキは食器を載せたお盆を持ってカウンターまで持っていく。
「ごちそうさま。ダン、行ってきます。」
「はいよ。行ってらっしゃい。」
ユキはダンに挨拶すると店を出て、冒険者ギルド1階へと降りていく。
ユキは冒険者ギルドに4つある銅像の内の北西にある銅像を目指して歩く。
ユキが銅像の足元を見ると、そこには既にユキの所属するパーティー【エレメンタル・ミューズ】の面々が待っていた。
小走りで近寄ると4人のパーティーメンバーが出迎えてくれる。
「ユキちゃん、おはよう。」
最初に声を掛けたのはワインレッドの髪が目立つ女性冒険者のリサだった。
リサは冒険者生活9年のベテラン冒険者であり、ユキが唯一“ちゃん付け”を許している相手である。
「ユキ、おはよう。」
「ユキさん、おはようございます。」
さらに猫人の女性冒険者リンカとその妹のランナがユキに声を掛ける。
彼女達はそれぞれリンカが6年目、ランナが5年目の冒険者でコンビでの戦闘を得意とするペアだ。
「ユキさん、おはようございます!!」
最後に声を掛けたのは新米冒険者のシオンだった。
シオンは1年目の冒険者で年齢はシオンの方が上だがパーティー内ではユキの唯一の後輩である。とはいっても彼女は数少ない回復魔法の使い手であり、今やパーティーにとっては欠かせない存在となっている。
「みんな、おはよう。リサ、遅かった?」
「ううん、大丈夫。みんな今来たところ。じゃあ、行こうか。今日は金羊だよ。」
他のメンバーを待たせたのではないかと心配するユキにリサが答える。
リサは【エレメンタル・ミューズ】のリーダーを務めており、リサがメンバーに声を掛けて一行はダンジョンへと出発する。
ユキ達【エレメンタル・ミューズ】の面々が歩いていると周囲から嫌でも視線が集まってくる。
彼女達5人は5人それぞれが実力のある冒険者であり、リサとユキに至っては単体でダンジョンの10層階に到達するレベルの実力を持っている。また、リンカ・ランナのペアも2人で9層階に到達できる実力を持っている。
「2人は相変わらず目立つね。」
「ね、私達は見向きもされないよ。」
しかし、ランナとリンカが話しているように【エレメンタル・ミューズ】、特にリサとユキは冒険者としての実力以上にその美しいルックスで注目の的となっていた。
真っ赤なワインレッドの髪に女性らしいルックスで表情豊かな大人の女性であるリサと雪のように輝く白銀の髪を持ち、息を呑むほど整った顔立ちをしており、表情の薄い少女であるユキのコンビは対照的な見た目といえ、2人はヴィルトスの名物ペアだった。とはいえ、ユキにとってこれらの視線は邪魔でしかないのだが。
5人がしばらく歩いていると後ろから今までとは違った、対抗心の籠った視線が向けられる。
ユキが振り向くと、そこには最近レアモンスターを討伐して話題になった【鷹の爪】のメンバーがいた。
「リサ、あの人知ってる?」
「ああ、彼は確か、、、ユーグ君ていう子よ。有望な若手冒険者のランキングで見たことがあるからデビュー3年以内の冒険者よ。」
「そうなんだ。」
ユキは表情を変えず再び【鷹の爪】の方を見る。
正直ユキにとっては嫉妬や対抗心の視線もよく向けられるものであり、珍しいものではなかった。
その時、ユキの視界はようやく【鷹の爪】のメンバーと共にいる見知った少年の存在を捉える。
「あ、、。」
オドを見つけたユキは思わず会釈をする。
それを見たオドもユキに会釈を返してくる。
「知り合い? あの子、ユキちゃんより年下じゃない?」
2人のやり取りを見ていたリサがユキに興味津々とばかりに話しかける。
「うん、知り合い。、、、知り合い。」
ユキはそれだけ答えると黙ってしまう。
実は、オドが毎朝ユキの歌声を聴いて稽古に励んでいるように、ユキも毎朝冒険者ギルドの屋上から大犬亭の屋上で稽古するオドの様子を観察していたのだった。ユキにとってはこっそり観察していた対象がいきなり目の前に現れたような感覚で、少し感情が混乱する。
「さあ、着いたよ。今日も頑張ろう。」
リサの声にユキは思考を中断して、ダンジョン攻略に頭を切り替える。
ただでさえ最近はモンスターの発生量が多いのだ。攻略に集中せねばとユキは自分に言い聞かせ気を引き締めるのだった。
◆
その日もダンジョン攻略は滞りなく進んだ。
1日中ダンジョンに入り浸った【エレメンタル・ミューズ】の5人は夕方には冒険者ギルドに戻って魔石を換金した後、次の攻略予定を確認して解散する。
「お疲れ様。」
ユキは他のメンバーと別れると、その足でダンのカフェテラスへと向かう。
「ただいま。」
ダンの店で夕食を取ったユキは夜の7時には帰宅する。
部屋に着いたユキは一日着ていた鎧と服を脱ぎ棄てて風呂へと向かう。
高級住宅街“鯨の目”なだけあり、ユキの部屋は魔石による魔力が必要なキッチン、風呂、トイレといった水回りのシステムが完備されている。
風呂から上がったユキは朝に掛けて置いたパジャマに着替えて、これまた朝にセットしたベットへと潜り込む。まだ時間は8時台だがユキは部屋の灯りを消す。
「、、、オド君、クラン・クロウには入らなかったんだ。」
真っ暗な天井を眺め、ユキが小さく呟く。
「もしかしたら、また近くで会えるかも、、、」
そんなことを思いながらユキは丸めたブランケットを手繰り寄せ、眠りに落ちていくのだった。
100話到達。
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