はげオヤジ? 現る!
この作品は黒森 冬炎様主催の『変身企画』参加作品となっています。
「なんで協力しなかったでチュー? 二人が勝手なことしたから、最悪な状況になったでチュー!」
ネズ吉があまとまろんをどなりつけました。和花がさらわれたあと、保健室の騒ぎを聞きつけた生徒たちから逃れるように、あまたちは校舎の外に移動していたのです。
「和花さん……せっかく、お友達になったのに」
ありすがすすり泣きだしてしまいました。あまもまろんも、うつむいたままじっと地面をにらみつけています。
「猫又は、あの化け猫の妖力につられてやってきたんでチュー。ニャンフー協会の守りもこれでパーでチュー。どうするんでチュー?」
「だからいったんだにゃ、あたしだけで十分だって! それなのに協会が勝手にこんな新参者を派遣したから、気が散ったんだにゃ。だから和花を守れなかったんにゃ」
「なにいってんにゃ、あんたがどんくさいし自己中だから、和花ちゃんがさらわれちゃったんだにゃ! あんたのせいにゃ!」
「やめろチュー!」
ネズ吉が大声を上げました。あまとまろんはまだお互いにらみ合っていましたが、やがてぷいっと顔をそむけてしまいました。
「二人とも、仲良くしようよ。協力しないと、和花さんを助けられないよ」
おどおどした口調のありすに、あまとまろんは声をそろえていいかえしました。
「うるさいにゃ、ニャンシーのくせに!」
「あんたが化け猫にだまされなかったら、こんなことにはならなかったにゃ! すぐに気がついてたら、化け猫もやっつけられたのに」
「だからやめろっていってるチュー!」
ネズ吉があまの足にかみつきました。
「いたっ、なにすんにゃ!」
「いがみ合ってるひまがあったら、和花さんを助ける方法を考えるでチュー。幸い猫又のいる場所はわかってるチュー」
「えっ? どこにゃか、どこにいるんだにゃか?」
「猫又神社にゃね」
まろんが静かに答えました。ネズ吉はうなずきます。
「そうでチュー。今は誰も管理する人間がいなくなった神社でチュー。でも、そこで霊力がとっても強い和花さんと婚礼の儀を行うと、やつの力も元通りに戻るでチュー。なんとしても防がないといけないでチュー」
「じゃあ今すぐ行くにゃ!」
かけだそうとするあまの足に、再びネズ吉がかみつきました。
「いたっ!」
「だめでチュー。婚礼の儀は、真夜中に行われるでチュー。満月が青い光でおおわれたとき、やつの力が戻るでチュー。婚礼の儀が始まったときを狙って、やつを倒すでチュー」
あまは足をさすりながら、ふてくされたようにいいました。
「それなら、夜になるまで待つにゃ。でも、あたしはこいつと一緒に戦うのはごめんにゃ」
あまはまろんをキッとにらみつけました。まろんも冷ややかな目であまを見ています。
「だから、協力しないとだめでチュー」
「じゃああたいもひとりでやらせてもらうにゃ。おバカネコの尻拭いをしないでいいなら、もっとうまくできるにゃ。いっとくけど、あんたがピンチになっても絶対助けてあげないからにゃ」
「それはあたしのせりふにゃ! 早くどっかいけにゃ!」
まろんはびゅんっと飛び上がって、一気に学校の外へ出て行ってしまいました。ネズ吉がはあっと大きなため息をつきます。
「どうするんでチュー? ばらばらに戦っても、勝ち目はないでチュー」
「別にあんなやつの協力なんていらないにゃ。和花はあたしひとりで助けるにゃ。和花はあたしのご主人様にゃ。あんなやつにとられるのはいやにゃ」
あまもぴょーんと飛び上がり、学校の外へ出て行ってしまいました。残されたネズ吉とありすは、顔を見合わせました。
「どうしたらいいの? このままじゃ、和花さん、猫又のお嫁さんにされちゃうわ」
「こうなったらしかたないでチュー。ありすさんにはなんの関係もないでチューが、どうか力を貸してほしいでチュー。あの二人のサポートをしてほしいでチュー」
「でも、わたしはもうニャンシーのお札、持ってないわ」
「大丈夫でチュー。協会独自のアイテムをわたすでチュー。それを使って助けてほしいでチュー」
じっとネズ吉を見つめたあと、ありすはしっかりとうなずきました。
「ごめんなさい、パパとママが眠るの待ってたら遅くなっちゃって」
宝石のように満月が輝く夜、ようやくありすが家から出てきました。
「よかったでチュー、怖くなって出てこないかと思ってたでチュー」
ネズ吉がほっとしたようにつぶやきます。
「確かに怖いけど、でも、大事なお友達のためだから」
ありすはぎゅっとスカートのすそをつかみました。
「それじゃ、猫又神社へ案内するでチュー。ぼくをポケットに入れるでチュー」
ありすはネズ吉のしっぽをつまんで、スカートのポケットにしまいこみました。
「もうすぐ十二時になってしまうでチュー。婚礼の儀は十二時からスタートするでチュー。急ぐでチュー」
持ってきた懐中電灯をつけて、ありすは小走りに夜の道を進んでいきました。静かな夜でした。人はもちろん、車も一台も通らず、音がまったく聞こえません。静寂を破るのは、ただありすの小さな足音だけでした。
「本当に、わたしだけで大丈夫かな」
「正直危険だと思うでチュー。ぼくも無関係なありすさんにこんなことお願いするのは、心苦しいでチュー。今ならひきかえせるでチュー」
「ううん、行く。和花さんを助けなきゃ」
懐中電灯で行く手を照らしながら、ありすは進んでいきます。いつも通りなれている道が、夜中だとこれほど違うなんて、ありすは考えたこともありませんでした。並木道の木は、今にも動き出しそうです。闇の中から、もしもゆうれいが現れたら……。そう、青白くて、頭がはげあがった、小太りの……。
「きゃあっ! 出た!」
「はげオヤジのゆうれいでチュー! なんの用でチュー?」
はげオヤジのゆうれいは、不気味な笑いを浮かべながら、じっとありすを見つめています。
「ふひひひ、こんなところにも霊感少女がいたなんて、おじさんラッキーだなあ。おじょうちゃん、こんな夜遅くに外を歩いてるなんて、悪い子だねぇ。ふひひ、おじさんがお仕置きしなくっちゃねぇ」
「はげオヤジ、邪魔するなでチュー! 和花さんのピンチなんでチュー」
じりじり近づいてきたはげオヤジが、ぴたりと止まりました。
「和花ちゃんが?」
いつものふひひひという笑い声も出さずに、いたってまじめな顔で、はげオヤジが聞き返します。ネズ吉は目をぱちぱちさせましたが、すぐにうなずき答えました。
「そうでチュー。猫又につかまって、無理やり婚約されそうになっているでチュー」
「ホントかい? あのネコ娘はなにをやってるんだ?」
「あまさんは勝手に行っちゃったでチュー……。だから同じく霊感を持ったありすさんに助けてもらってるでチュー」
「それじゃおじさんも行くしかないね。せっかく和花ちゃんは霊感を持っているのに、いなくなったらさびしいからね」
にやけ笑いもせずに、真剣なおももちでいうはげオヤジを、ネズ吉もありすも疑い深そうに見ていました。やがて、ありすがこわごわはげオヤジにたずねたのです。
「じゃあ、協力してくれるんですか?」
「ありすさん、怪しいでチュー! なんだかはげオヤジの雰囲気が、いつもと違うでチュー。関わりあいにならないほうがいいでチュー」
ネズ吉がありすに声をかけますが、それを聞いたはげオヤジは、いつものようににたぁっと笑ったのです。ありすのからだが硬直します。
「……うーん、ぼくの勘違いだったんでチュー? なんかいつものはげオヤジじゃない気がしたけど、やっぱりはげオヤジははげオヤジだったでチュー。しかたないでチュー、ここは停戦でチュー。今は少しでも仲間が多いほうがいいでチュー」
ネズ吉にうながされて、ありすもしぶしぶうなずきました。
「はげオヤジ、ありすさんに変なことしたらただじゃおかないでチュー!」
「わかってるよぉ、和花ちゃんを助けるまでは、おじさんおとなしくしてるから、安心していいんだよ」
にたにたしているはげオヤジを、ありすは嫌悪のまなざしで見つめています。しかし、軽くはげオヤジにおじぎすると、再び走り出しました。
「もう少しでチュー。その角を右に曲がって、あれでチュー」
ありすは目を疑いました。神社に植えてある木々が、全て青白く光っているのです。思わず空を見あげると、さっきまで白く輝いていた満月のはしっこが、じわじわと青い光に染まっています。
「大変、もう婚礼の儀が始まってるわ! あの満月が、全部青くなる前に、和花さんを助けないと!」
ありすは神社の鳥居をくぐろうとして、バシッと吹き飛ばされました。
「きゃっ、なにこれ、びりびりしたわ」
「猫又が結界を張っているでチュー。ありすさん、鏡は持ってきたでチュー?」
ネズ吉にいわれて、ありすは肩にかけていたポシェットから、小さな鏡を取り出しました。
「その鏡で神社を映すでチュー。そして鏡に、赤いお札を貼るでチュー。ニャンフー協会特性の、破魔のお札でチュー」
ありすはいわれたとおり、鳥居と奥にある社を、鏡に映しました。鏡が青白い光でおおわれます。
「じゃあ行くよ、それっ」
赤いお札を貼った瞬間に、パキパキッと鏡にひびが入りました。そして、パリンッとするどい音がして、鏡が砕けたのです。
「きゃっ!」
「大丈夫でチュー? けがはなかったでチュー?」
「うん、でも、これで結界は破られたのよね?」
「そうでチュー。さ、行くでチュー!」
ありすは光を失った鳥居を見あげながら、おそるおそるくぐりました。