謎のニャンフー使い、現る!
この作品は黒森 冬炎様主催の『変身企画』参加作品となっています。
――あれ? なんともない。どうして――
おそるおそる目を開けると、ノラネコたちはみんな、和花のまわりでぐったり倒れこんでいたのです。
「えっ、なに、なにが起こったの?」
「和花ちゃん、もう大丈夫にゃ」
目の前に、背の低い女の子が立っていました。ふわっとした栗毛色の髪の毛に、動きやすそうなオーバーオールを着ています。和花が見たこともない女の子でした。
「あなたは、誰?」
「そんなのあとにゃ。まずはニャンシーをやっつけないと」
女の子は軽やかに飛び上がりました。なんというジャンプ力でしょう。ノラネコたちはもちろん、ありすまで飛び越え、そのうしろにすたっと着地しました。
「ニャンシーなら、お札を持ってるはずにゃ」
女の子はありすの手をバチンッとはたきました。悲鳴をあげるありすの手から、カードのようなものがこぼれ落ちました。
「あっ、お札!」
女の子は落ちたカードを注意深く拾い集めました。
「やっぱり持っていたにゃね。ニャンシーの術は、悪い妖術にゃ。悪い妖術を使ったやつには、お仕置きが必要にゃ。覚悟はいいにゃね」
女の子は、じろりとありすをにらみつけました。ありすの足ががくがくとふるえ、へなへなとその場に座りこみます。女の子が手を振り上げたそのときです。
「やめてっ!」
「にゃ? 和花ちゃん、どうして止めるにゃ」
和花は急いで、ありすの元へかけよりました。
「ありすちゃんにひどいことするのはやめて。ありすちゃん、もう悪い術なんて使わないよね?」
がたがたとふるえながら、ありすは何度もうなずきました。和花はほっと息をはきます。その様子を女の子はじっと見つめていましたが、やがて小さくため息をつきました。
「和花ちゃんは、優しいにゃ。でも、優しすぎるのは、時には恐ろしいことになるってことも、ちゃんと知っておかなきゃだめにゃよ」
女の子はくるりと和花に背を向けました。
「待って!」
「なんにゃ?」
「ありがとう、あなたのおかげで、助かったわ。あなたもニャンフー使いなんでしょう? 名前を教えて」
女の子が和花にふりむきました。すきとおるようなエメラルドグリーンのひとみをしています。和花は思わず見とれてしまいました。
「あたいは、ううん、名乗るほどのものでもないにゃ。それより、気をつけるにゃよ。頭の中まで真っ白な、あのおバカネコじゃ頼りないにゃ」
「あまちゃんのこと、知ってるの?」
女の子はそれには答えず、ひとっ飛びで公園の外に行ってしまいました。一瞬、茶トラのうしろ姿だけが見えました。
「ほんっとうにごめんにゃ! 和花がそんな危ない目にあってたなんて、知らなかったんにゃ」
公園の真ん中で、あまが深々と土下座しています。ニャンフー使いの女の子が去ってからすぐに、あまが公園にかけつけました。そして、和花から話を聞いたとたんに、涙目になって土下座し始めたのです。和花はあわててあまの手を取りました。
「ちょっと、あまちゃん。そんなことしないで、別に気にしてないってば」
「でも、和花がニャンシーに襲われてたっていうのに、あたしはのんきにアメ玉なめてて」
ぺこぺこするあまを、和花はばつの悪そうな顔で見ています。
――元はといえば、モンブランキャンディをあげたのわたしだし――
「あっ、そうだにゃ、ニャンシーめ、覚悟!」
「ちょっと、あまちゃん本当に話を聞いてたの? ありすちゃんをいじめないでっていったじゃない!」
ありすに飛びかかろうとするあまの手を、和花はぐいっと引っぱりました。
「だって、この子は悪い妖術を使ったんにゃよ。それなのに」
「きっとなにかわけがあったのよ。そうでしょ、ありすちゃん」
座りこんだまま、ずっとしゃくりあげているありすのとなりに、和花も座りました。さらさらの長い髪を、ゆっくり指ですいていきます。
「大丈夫だよ、わたし、ありすちゃんのこと恨んでないよ。それに、霊感を持つ人間の女の子は、初めてだから、お友達になりたいの」
背中をふるわせながら、ありすが顔を上げました。涙でほおがぐしゃぐしゃになっています。
「お友達に、なってくれるの?」
「うん。それにわたしだけじゃない。あまちゃんだってお友達だよ。ね」
和花はあまを振り返りました。あまはむうっとくちびるをとがらせています。和花はぎゅっとあまのふくらはぎをつねりました。
「痛いにゃ、わかったにゃよ、あたしも友達にゃ」
ありすの背中のふるえが、だんだんとおさまってきました。上目づかいに和花を見ながら、ありすは小声でたずねました。
「本当にいいの? わたし、ずっとゆうれいにおどかされて、クラスのみんなからも、気持ち悪いってずっと仲間外れにされてたんだよ。そんなわたしと友達になんてなったら……」
「そんなの気にしないよ。クラスで仲間外れにされてるなら、休み時間にわたしのクラスにおいでよ。わたしもあんまりおしゃべりする友達いないし、休み時間はボーッとして過ごしてるから、ありすちゃんがお友達になってくれるならうれしいよ。それにゆうれいは、わたしもどうしようもないけど、あまちゃんがいるから大丈夫だよ」
ありすはしばらく目をぱちぱちさせていましたが、やがてごしごしと涙をぬぐいました。
「……うん、ありがとう」
遠くから、チャイムの音が聞こえてきます。和花の顔が真っ青になりました。
「うそっ、もしかしてもう授業始まっちゃう? 遅刻しちゃうよ、ありすちゃん、急ごう!」
和花はありすの手をぎゅっとつかんで、立ち上がりました。とまどったようにありすは和花を見ました。
「ほら、急ごう」
「うん、ありがとう」
「それじゃ、行ってくるね。あ、あまちゃんは学校にきちゃだめだよ。またわたしが怒られちゃうんだから」
和花とありすは、ばたばたと走っていってしまいました。一瞬あまも追いかけようとしましたが、和花がじろりとふりかえったので、足を止めました。追いかける代わりにあまは、ぼそっとつぶやいたのです。
「いつの間にあたし以外のニャンフー使いを派遣してたんだにゃ?」
「ああ、気づかれてたでチューか?」
草むらから、ひょこっとネズ吉が現れました。和花はじろりとネズ吉をにらみつけました。
「どうして他のニャンフー使いを派遣したんだにゃ? 前にいったにゃ、和花はあたしが守るって」
「そうはいってられないチュー。和花さんは自覚してないけど、ものすごい危険な状態なんだチュー。猫又にとらわれたら、ニャンフー協会も危ないんだチュー」
和花はネズ吉をむんずと捕まえました。
「和花はあたしのご主人様にゃ。他のネコに浮気してほしくないにゃ」
「そんなこといってる場合じゃないでチュー。それに、そんな考えは自己チューでチュー」
「自己中って、そんなんじゃないにゃ! あたしは和花のためを思って」
「ホントに和花さんのことを思ってるなら、味方が増えたことに喜ぶべきでチュー」
和花はぎゅうっとネズ吉をにぎりしめました。ネズ吉がじたばたと手の中で暴れます。
「あたしは、和花が大好きにゃから」
「と、とにかく、協会からのメッセージを、伝えるチュー。苦しいチュー!」
ようやくあまは、ネズ吉を手から離して地面に下ろしました。ぶるぶるっとからだをふるわせ、ネズ吉はふうっとため息をつきました。
「まったく、気をつけてほしいチュー。じゃあメッセージを伝えるチュー。協会の調べじゃ、今回のニャンシー騒動には、裏切り者が関わっているらしいチュー」
「裏切り者にゃか?」
「そうでチュー。猫又と同じように、協会を裏切って悪い妖術を使っているやつでチュー。その裏切り者を探し出してやっつけてほしいでチュー」
「探し出すって、どうやってにゃ?」
「ニャンシー使いのお札は、またたびデラックスっていう薬を使って作られているでチュー。この薬はものすごくいいにおいがするでチュー。そのにおいをたどって、裏切り者を探すでチュー」
「待ってにゃ、その任務は、さっきの新参ニャンフー使いも関わってるにゃか?」
「もちろんでチュー。たくさんで探したほうがより確実でチュー」
それだけいうと、ネズ吉はがさがさと草むらの中へ入ってしまいました。
「……絶対負けないにゃ、そんな新参ニャンフー使いなんかには」
あまはぽんっとネコの姿になると、飛ぶように駆け出しました。