懐かしき思い出は涙する
「貴方は私を見ていない」
皆が好きだ、って言う
「私は貴方の一番じゃない!」
これは夢だ、フランスにいた頃の夢。
あの時気になる女性に自分から告白、そして三年付き合った。
だけど、いつもこうだ。彼女だけじゃ無い。付き合った女性からは同じ言葉で振られる。
確かに俺はどこか皆を同じに見ている。無関心とも言える。人付き合いは得意な方だ。
ムクリ、と上半身をベッドから起こし。
ガリガリとボサボサの長めの髪を掻く。
「起きたか、蒼…そろそろ散髪に行ったらどうだ?お前外見はいいんだし、身嗜み位整えろ」
「そうだね、前髪が鬱陶しくなってきた」
起き上がり、「いただきます」と悠斗の作った遅めの朝食を食べ、皿をキッチンに運び洗う。
濡れた手を拭き。
スマホで美容室に連絡。幸い今日は空いていたのか予約はすぐ取れた。
「行って来るよ」
「はいはい」
そうして美容室にバスで向かう。平日昼間、バスの中は人がまばら。
止まったバス停で、一人の老人の男性が乗り込んで来る。
バスの中、見渡し空いている席に座る老人。
見れば杖を前の座席に掛けている。
年代物と分かる匂いが、鼻腔を擽る。そして女性の匂いもする。
降りるボタンを押し、バス停前で立ち上がる老人。
杖はその儘。慌ててそれを取り俺も降りる。
「あの、コレ忘れてましたよ」
「あ」
追い掛け、杖を手渡す。
「ありがとう、大事な物なんだ」
「奥さんからの贈り物ですよね」
「……何で分かる?」
「女性の匂いがします、その杖から」
「確かに妻から貰った、もう居ないが」
老人はぼそりと呟いた。
「奥さんは貴方を大事に思っていますよ」
今でも
「何故分かる」
「俺には匂いと不思議な者が見えるんです」
「妻は居るのか?」
「居ません、ですが匂いはまだ強く残っています」
ぎゅっと杖を握り締める老人。
「そうか…ありがとうキミ」
「伝えられたなら良かったです、それではこれで」
老人と別れ、懐中時計を取り出すと予約時間まで後僅か。
急いで向かう。
ぎりぎり間に合い、案内された鏡の前に座る。
切られた髪から立ち上る影。それらは見ない振り。
「樹さん、たまにはセットしましょうよ」
「前髪だけでいいんですが」
担当の青年は押しが強い。根負けしたのは俺の方。
カットは前髪に留まらず、後ろも揃えられ。
シャンプー台へ、トリートメントまでされ、座席に戻る。鏡に映る俺慣れない。
「樹さん、イケメンなんですから何でも似合いますよ」
「お世辞はいいですよ」
「お世辞じゃ無いですって…樹さんみたいな人見た事無いですよ」
「……それはどうも」
ドライヤーと櫛でセットされ、料金を払い町に出る。
男女問わず、視線が集まる。
慣れない。溜息一つ吐きながら歩を進めると。
二人組の女性が声を描けてくる。
「お一人ですか?良かったら私達と食事でもしませんか」
「すみません、マドモワゼルこの後用事があるので、折角のお誘い申し訳ありません」
やんわりとお断り、すぐに二人は引き下がってくれた。その頬は紅に染まっていたが。
帰宅すると。出迎えてくれた悠斗から感嘆の声が上がる。
「おーさっぱりしたなぁ、蒼」
「そんなに酷かったかな俺」
「そうだな、無頓着にも程がある…あ、夕飯出来てるぞ、今日はお前が好きな鯖の塩焼きだ」
「やったね、いつもありがとう悠斗」
どう致しまして、とエプロンを悠斗は外し。
向かい合わせに料理が並んだテーブル前に座る。
「いただきます」
俺達の声が合わさった。