空は晴れ渡り、雲は笑う
「蒼、お前フランスには戻らないのか?」
お前
「nezの称号持ってるだろう、向こうから誘いもあるだろう」
悠斗の言葉に苦笑いで返す。
「まあ、連絡は来るね」
日本人では数える位しか居ない、nezの称号。
俺はその内の一人。
「お前に何があったのかは知らん、無理には聞かない」
悠斗の話は助かる。
「ちょっと出掛けてくるよ」
「あまり寄り道するな」
分かったと返し、上着を羽織り靴を履く。
空は快晴、だけど雲はあるな。
鼻歌を歌い、慣れた道を散歩する。足取りは軽い。
交差点に差し掛かる。また不思議な匂いがする。
見れば、電柱の下に花と菓子が添えられてた。
こないだまでは無かったな、と考える。
不思議な匂いはそこからする。
一つの小さな影。
それが形取り、少女の姿となる。
「貴方には私が見えるの?」
「そうだね、何故か俺には不思議なものが見えるよ」
「……そうなの、なら私の話聞いてくれる?」
「filleの話なら」
一呼吸置き、少女は話始めた。
「私はここで死んだの…バイクに撥ねられて」
「そうなんだ」
「跳ねた相手は逃げて行った…まだ私の意識はあったのに」
気の毒に、としか言いようが無い。
「家族が泣くの、毎日ここに来て」
「そうだろうね…キミが亡くなって悲しいだろうから」
「動けないの…何がそうするのか分からない」
逃げたバイクの相手か、それとも遺族の未練か。
「……あの」
声を掛けられる、主婦らしい女性。振り返る俺。
「何してらしてるんですか?」
「話してました、マダム」
「……誰と」
「多分貴女の娘さんです」
「娘が見えるんですか?まだそこにいるんですかっ!?」
「いますよ」
泣き崩れる女性。肩にそっと触れる。
「あの子は何て?」
「ここから動けない、と」
「成仏すら出来て無いんですか、娘は」
初対面なのに、俺の話を信じる彼女。
「私は事故の相手を憎んでます」
「そうですね、俺もそう思います」
「…貴方は不思議な方ですね」
よく言われます、とふわりと笑う。
「相手分かりますか?」
「匂いを辿る事が出来れば可能です」
お願いします、と縋る女性。
「あの子の無念を晴らしてあげたい」
それは嘆願に近い。一度関わった事、放っては置けないなと思う。
「一応聞きますが、目撃者は?」
「居ます、だけどナンバーまでは見てないと」
連絡先を聞き、一旦別れる。
スマホでコール、数回で相手が出る。
「行成すみません、俺樹蒼と言います…貴方がバイク事故を目撃したと遺族の方から聞き、連絡させて貰いました」
穏やかな声、それは俺の持つ特技の一つ。
『ああ…覚えてます。相手は白いバイク、青のラインが入ってました』
話が早い。ありがとうございます、と告げ会話を切り上げる。
後は少女の匂いを辿るだけ。ただ数日かかるだろう、どこにいるのかも分からない。
周辺に聞き込む。顔は知られている、情報は集まった。
家に帰り、悠斗に事情を話す。
「また拾ってきたのか蒼」
「成り行きでね…関わった以上放置は出来ないよ」
「お前の体質は知ってるがな」
悠斗はぼりぼりと短めの髪を掻き
「どうせ俺も巻き込むんだろ、車出してやる」
「助かる…ありがとう悠斗」
向かった先は隣町。匂いはそこからする。
駐輪場に件のバイクがある。一部へこんで破損している。
そのアパート、一室に向かう。
インターホンを鳴らすと、開くドア。現れたのはボサボサ髪の若い男性。
すんと匂いを嗅ぐ。
「何だよ、アンタら」
「数日前、隣町で一人の少女がバイク事故に合い命を落としました」
真っ青になる青年の顔。身体は震えている。
「ご存じですよね?貴方からあの子の匂いがする」
「あいつが飛び出して来たんだ!俺は悪くない!!」
「貴方が跳ねた時、少女にはまだ息があったんですよ」
知らない、としゃがみ込む青年。多分罪の意識はあったのだろう。涙で顔はぐしゃぐしゃ。
「出頭して下さい…でないとあの子は成仏出来ない」
暫くの間無言の儘。漸く青年が口を開く。
「成仏出来ないって、何でアンタが知ってる」
「話をしましたよ」
「嘘だろ…死者と話出来るなんて」
「信じるも信じないも貴方の自由です」
それまで黙っていた悠斗が口を出す。
「アンタがやった罪は消えない、それだけの事をやったんだ」
それは青年を突き刺す。
「………分かった、出頭する」
「そうして下さい」
「その前に何で俺がやったと分かったんだ?アンタ」
「匂いです…現場に残された少女と貴方の匂いですね」
「不思議なヤツだな、アンタは」
よく言われます、と俺が返すと
青年はドアから出て、鍵を閉めた。
「今から警察に行くよ」
ありがとうと声を掛けられる。
「あの事故起こしてから、眠れなかった…アンタらののお陰で決心ついた」
「礼を言われる事は何もしていませんよ…罪を償えばやり直しは出来ます、貴方にBonne Chance」
アパートから出ると、晴れ渡る空。
「帰ろうか悠斗」
「そうだな」
俺達の会話が青空に広がった。