温かな日差しと青い色
ファンタジー色が強いですが、少し現代に近い小説です。お気に召しましたらならば是非とも評価とブクマよろしくお願い致します。
同時進行のファンタジー「史上最弱のニートがチートになったはいいけど、至上最悪で最凶の魔導士になってしまいました」と完結済の日常ヒューマンドラマ「晴れた空と日常のあれこれ」もどうぞよろしくお願いします。
「無いのよ、確かに持っていた筈なのに」
「ですから、今スタッフが店内を調べて回っていますから」
「お願い、アレが無いと」
普段であってもそれなりににぎやかな店内、流行りのポップスの有線音楽が流れ時折店のPRCMナレーションも混じっていて。
それらを耳にしながら、つま先だけ磨かれた茶の革靴で、リズムを取りふんふんと何の歌だったか忘れたが耳馴染みの良い鼻歌を歌いながら棚の食品を物色していく。
猫ッ毛のすこし伸びた明るめの前髪を軽く上げ、ラベルとにらめっこしていた。
「えーっと、ワインはこれでいいか…って日本のワインって安いんだな」
手にした小さな瓶をかごに放り込み、レジに向かい友人から頼まれたタバコを注文しようとした時に聞こえたやり取り。
片方はちょくちょく見かける、多分近所に住んでいるのだろうと思われる老人の女性。
腰は曲がっているが、しっかりと歩いている姿を散歩中に見かける事がある。
そしてもう片方は、SC…いわゆるサービスカウンターの中の女性店員。
スーパーの制服であろう赤いエプロンをつけ、女性の相手をしていた。
「あのおばあちゃん、エコバック落としたんですって」
「財布でも入ってたのかな」
レジの若い女性たちのひそひそ話が耳に入り。
もう一度その老人に目を向ける。
膝と靴に就いた泥。
いつも身ぎれいにしているのに、おかしいなと思いつつもSCに置いてある煙草の銘柄を伝えようと近付きご年配の女性からある匂いと、温かな小さな影がまとわりついている事に気付く。
「…マダム、貴女の落とし物多分ここには無いですよ」
「誰?」
「あ、樹さん」
ちょくちょく買い物をして、先日ポイントカードを作ったせいかSCの店員さんから名を呼ばれた。
「此処にはないってどういう?」
「うーん、このマダムから草の匂いがするんですよ…そしてその落とし物も少々気になりますし、もしかしてここに来る前に側溝か何処かで転びませんでしたか?」
「何故分かるの!?」
「膝と靴、いつも綺麗になさっているのに今日は泥が付いている…そして」
身長差の為、身をかなり屈めお辞儀の様な姿勢のまま
「失礼します」と手を取る。
妙に様になっていたのか、少し離れた場所で黄色い声がする。本人は無頓着だが中性的で人好きのする容姿に高い上背色味の薄い髪色。いやが上でも目立つ。
ふ、と首を振ると香る青々しい、だけどすこし饐えた匂い。
「確か、近くに側溝があって蓋がずれていたような気がします。ダメ元で行ってみませんか?」
そのまま流れる様にかごを「ちょっと待っていてくださいね」とSCに預け、店を出る。
横に流れる小さな側溝、普段は歩行者用にとグレーチングが綺麗にはめ込まれていたのだが何かが乗り上げたのだろうか、ずれていて。
身を屈めのぞき込むと、ちょうど老人の足と同じサイズ位の足跡がぬかるんだそこについている。
「と、言う事は…」
その近くにある草むらをがさがさと掻き分けると、素朴な生成りの布で出来たエコバック、クレヨンで描かれた拙い花の絵がプリントされており、おそらくは幼児が描いたのではないかなと思わせる代物だった。
それを拾い上げ「これですか?」と老人に見せる。
と、両手で口元を覆い。
「そう、それっ」
渡すと、とても愛おしそうに抱きかかえ目にはうっすらと涙さえ浮かんでいて。
「亡くなった孫がね、作ってくれたの…おばあちゃんの買い物用にって」
「それはとても大事なものですね、見つかって良かった」
にっこりと笑うと、つられて老人の顔も綻ぶ。まとわりついていた小さな影も満足げに消えていく。
心の中で『ばいばい』と返事を返し。
「ありがとう、樹さん」
「…どういたしまして、Bonne journée…良き日を」
そう言って二人で再びスーパーへと向かう。
勿論彼女をエスコートして。
店内で少し話をした後。
思い出したようにSCに向かうと、ちょうど交代の子が来たのかSCの店員さんと話をしていた。
「あ、樹さん」
「お預かりして頂きどうもありがとうございます、あといつものタバコをお願いします」
はいはい、と差し出された白地に赤い丸がかかれた外国産のタバコ。
ラッキーストライクがカートンで差し出され、預けておいたワインと煙草の代金を支払う。
「では、また」
「はい、ありがとうございましたーまたのお越しをお待ちしています」
そう軽やかにまたあの鼻歌を歌いながら店内から、近所のマンションの前を横切る。
「今日も置かれている」
魚だか肉だかが入っていただろう白いトレイ、中にはツナに似た物体。
食い散らかされた後にはカラスがおこぼれをとつついていた。
胸元から出した懐中時計の時間は夕方6時過ぎ。
空は、自分の目と似たような青に赤が混じったような色合いを見せ始めている。
最初は魚の匂いで気付いた。
どこかのネコ好きが野良の子にでも餌をやっているのだろうと気にも留めなかったのだが、今日SCでやってきていた遅番の子から同じ匂いがして。
少しだけ、胸に香りが残る。そして怪の匂い。どこからかにぁおんと鳴く声がする。
見上げれば、窓で欠伸をしているまるまると太った猫。
微かに聞こえる子犬の声。
「ペット、可だね…ここ」
うーん、と首をひねっているとポケットに入れていたスマホが鳴る。
「はいはい…何?」
『何じゃないだろうっ、タバコ買うのに何時間掛かってんだよお前っ』
「うーん、二時間?」
『二時間、じゃねぇーーっ早く帰って来い、肉が煮詰まってしまう』
「はいはい」
笑いながら通話を切り、よれよれの白のジャケットの裾をなびかせ、隅に隠れている猫の尻尾が二つに分かれているのを眺めながら、その場を後にした。